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2019 / 09
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 「朝からずっと台風の情報でテレビは埋め尽くされ、だんだん時間とともに強くなる雨風に不安を感じながらも、早目の買い物も済ませ庭の物干しざおや植木鉢など風の影響を受けないように点検して、台風の中心が一番近くを通り過ぎるのをじっとこらえて待っている状態だった。夕方突然放送が・・大雨洪水や暴風警報は出ているのはわかっていたのだが、いつもとは違う強い長雨に不安は感じていたのだが、ついに重信川の警戒水位がレベル4に近づいているため避難勧告が出て、校区の小学校の避難所開設の連絡が入ってきた。防災士は区長より招集がかかり、5時半ごろには非常持ち出し袋を持って大急ぎで突風と大雨の中、車でかけつけた。水路もほぼ時間の問題でオーバーフロー寸前だった。夫は大阪に行ってるし、ラブちゃんも不安げな顔で見ていたけど行くしかなかった。」

 まずは体育館で避難者が来られた時の対応と準備を始めたが、河川の氾濫や堤防決壊の場合は低地浸水は避けられないので垂直非難ということで、とりあえず校舎の方に移動し避難場所としては2階以上に設置した。消防団と防災委員の地域の方々も協力して自主避難を促して、車で回り放送していたので6時半ごろより次から次に避難の人々が小学校のほうにも来られ、名簿に記入してもらって、小学校側の協力で部屋を解放してもらいパイプいすや横になれるスペースを作ったり、ペット同伴の方には廊下の端に集まってもらったり(ケージ使用の方のみ)、ケージなない方は上がってもらうこともできず玄関入口で待機してもらったり協力してもらった。
 家族連れ、足の不自由な高齢者、
乳幼児や本当に色々なパターンの方々が来られて、一時整理するのも大変な状況になりかけたけど、電気も止まらなかったしトイレも普通に使えたし、気温も寒くもなく、みんながパニックになるようなことはなかったので避難所運営は比較的スムースにできた。毛布や水、乾パンなど事前に町が備蓄していたものを役場から届けてもらって、車も普通に走れたし、近いので200人の避難者に遅滞なく配布できたこともよかった。
 午後8時ごろには川の水位が危険水位に達し、
早く雨が止んでくれと願うばかりだった。やっと9時ごろには雨風が弱くなり峠は越したかと思いながら、そのあとの水位の状況を見守っていたが、ようやく下がり始め避難者のほうも自主的に三々五々帰宅する人たちも出た。とりあえずまだその時点では避難解除の放送はなかったので、帰り道で何かあってはいけないので高齢者や小さな子供さんたちのいる家族には待ってもらった。午後10時前、やっと水位が下がり始め避難勧告解除となり、みんなで拍手してよかったよかったと言いながら笑顔で解散することができた。
 
みなさんが帰った後には私たち防災士や先生方や役場の職員さんたちと総出であと片づけをして、やっと10時半過ぎに帰宅した。本当に疲れましたが、川が氾濫し決壊しなかったので浸水もなく水路や田畑はかなり水が残っていたが、それも次第に引いて行ったので大事に至らず、本当によかった。神様「ありがとう」って気持ちです。
 帰宅し、
作りかけのカレーを完成させ11時半に遅い遅い夕食を食べました。とても空腹だったのだが、一番ピークの時はそんなこと忘れてましたね。
 それにしても友人、
仲間がラインやフェイスブックなどでいろいろ心配やねぎらいの言葉をかけてくれて嬉しかったけど、なかなかタイムリーには返信できず、結局夜中に最後の返信をしたものもありました。
 夫や家族も心配して電話をくれましたが、
肝心な時にいつもいないのは夫で、今回もそうでした。そして何もかもすべて終わったころに、「大変やったなー」と帰ってくるのです。そういう巡りあわせの人なんかもしれないね・・
 まあ人身にかかわるような災害にならずに良しとしましょう・
・・ただ今後に向けて今回の一連の動きの中で放送や伝達方法、避難所運営について反省点もあります。やはり検証し、次へと繋いでいくべきでしょう。
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藤岡みどりの【小部屋】

Author:藤岡みどりの【小部屋】

■藤岡みどり

夫と二人の息子の協力を得ながら活動を続けております。もちろん「主婦業」も頑張ってます!