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有意義な研修

2011/09/19
 「仙台研修2日目 被災地の視察」
                                         
  ホテルでバイキングスタイルの朝食を済ませチェックアウトの後、9時半から約1時間以上かけて今日視察する被災地全般概要の説明を受ける。
               レクチャー
 案内役を菊地防災士と浅野事務局長(防災士)にお願いして、持って来られたレジュメを元に本当に詳しく説明して頂いた。
 研修時程表によると・・・1時間強のレクチャーの後、
 〇10:30~13:00・・・ 松島海岸被害状況視察及び昼食。
 早目の昼食(牛たん定食)後、松島海岸近辺の視察を行なう。
 海に近いが小さな島々が津波の勢いを緩和したのか?・・名勝五大堂や瑞巌寺がきれいに残っていた。ゆりかもめがたくさん並んでいた。
   松島海岸1 松島2
 そこから少し離れた海岸に近いところでは、もう震災の爪痕が・・・。

 〇13:00~14:30・・・ 津波被害状況視察(塩釜~仙台新港~荒浜地域)
 菊地氏の車から(主に走りながら、時々下車して)写真を撮ったりビデオ撮影などしながら、言葉が出ないような景色が次から次へと現れる。
 半年経ってもまだ手が付けられない部分もあるのだ。胸が詰まりそうになる。かなり瓦礫も片付き草が生えているのだが、以前を知っているだけに菊地さんたちの口数も減ってくる。
     被災状況1 被災状況2
               被災状況3   
 〇14:30~15:30・・・ 仮設住宅視察及び取材等(荒井東通り仮設住宅地周辺)
 菊地さんの知り合いの町内会長さんの運営する仮設住宅の取材が許された。             
 120世帯が住め約90%埋まっているという住宅で、中央に大きな集会所があってコミュニティーを大切にした運営がなされているようだった。
 町内会長を中心に10人の役員さんたちでその住宅団地のいろいろなお世話をして、一人役場の臨時職員さんが常駐しているようだった。その集会所で4人の役員さんたちとお話しができた。          
               
 みなさんとても明るく達観したかのように、「なんもかんも流されて、な~んもないわ。でもみんな肩寄せあって、一人も孤独死するような人を出さんように声かけあって、毎日のようにこの集会所でおしゃべりできるようにしているよ。」           

 環境部長を名乗る熊本県出身の熊五郎のようなおじさんが、各住宅の通路に鉢植えの花を飾ったり、ペットの世話についてなど・・風貌とミスマッチのお話しが何ともユーモラスでジンときた。
 何かこっちが勇気づけられるほど、前向きなおじさんたちに脱帽。           

 宮城教育大の学生さんたちも遠くから週2回ボランティアで子どもたちの勉強を見に来てくれるそうだ。住宅のみんなが温かく、被災した子供たちの勉学の遅れをフォローするために協力し合うなどコミュニティーの力が大きく関わっているようだ。
 
 最後に、みんなで一緒に記念写真を。
       記念に
 たぶん避難所からこの仮説に移ってくるまでに乗り越えた修羅場がいっぱいあって、みんな個人個人の背中に抱えて歩んで来られたんだなあと感じた。
 
 〇15:30~16:15 仮設住宅~仙台空港(東部道路)仮設住宅をあとにする。
 小雨の中、空港に向かって走る車窓よりまたあちこちに被災の跡を見る。
 瓦礫や無人化した壊れた家や店舗の残骸、植林された松の木の上部がみなバッサリと切り落とされら木・・。みな塩水で枯れたり、運んできた車や瓦礫でなぎ倒されたり、折れたりしたのだろう。
 被災状況4 被災状況5
 自然の力の脅威をまざまざと見せつけられたような気持と、これらを教訓に減災の道を真剣に考えていくべきだろうと強く思った。
           
 〇16:15 空港到着。
 最後までお世話になったお二人に感謝でいっぱいです。本当にありがとうございました。この研修視察をより意義あるものにするため、帰ってから仲間の防災士にも報告するし、来年予定している分科会もいい形で表現していきたいと考えている。

 17:30発 大阪行きの便に時間通り搭乗、松山には9時前に到着。
 お疲れ様でした。これでひとまずキャンディーズ解散です。
 帰宅後夕食を少し食べて、さすがに疲れていたのでシャワー後は即バタンキュー 
23:42 日記 | コメント(0) | トラックバック(0)
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