FC2ブログ
04月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫06月

「3.11東日本大震災復興・復旧支援後援」

2011/09/18
 「仙台被災地取材&研修の旅」 

 【1日目】  
  午前7時30分、松山全日空ロビー前に集合。
 メンバー女性3人、自称愛媛の「キャンディーズ」、いやどちらかと言うと・・「かしまし娘」かな?(笑)

 私以外の二人は松山から参加で、一人は私と同じ防災士。しかも看護師の資格もあって、今回の講和には専門的分野からの興味もありそうだ。
 もう一人は介護補助具を制作している会社の経営者で国際的な人権活動、女性起業家としても育成教育にも携わっているなかなかのキャリアの持ち主。
 こんな二人とは少々見劣りする私だが、年齢と体重だけは勝っているのは事実だ。

 8時半の大阪伊丹経由、乗継で仙台到着が11時半。この空港も3月11日の東北大震災では、かなりの被害を蒙ったところ。
 空港から約50分でJR仙台駅に到着。車窓から瓦礫となった車や家の中にあった柱や家具など無残な姿が、まだあちこちに見え隠れしていた。すでに半年という月日は流れていても、その爪痕は至る所にあった。

 12時半ごろ駅について、残暑厳しい日差しにクラクラしながらホテルまで地図を頼りに汗だくでたどり着いた。

 仙台国際ホテルはとっても素敵なホテルで、シングル3部屋並びでしかも最上階で心地よかった。
 でもあまり時間が無かったので、チェックインしてすぐに1階のコーヒーハウスで昼食を。
 そこで時間を30分間違えていたことに気づいて、慌ててカレーをかき込んでタクシーを飛ばして会場へ。

  13時開始を13時半と思っていた私たち・・・ちょうど公演が始まったところだった。
                       
 最初の講演は
 「3.11大震災を体験して」 講師 : 保田 真理 氏 (東北大学大学院工学研究科 研究支援推進委員、防災士) 
                講演    
 パワーポイントを使っての説明。ご自身も津波の被害に遭われ自宅も半壊して、しばらく親戚の家に身を寄せる生活をされていたが幸いにもお身内に犠牲者を出すことはなかったとのこと。 

 震災に直面してわかったこと・・・
 ・停電―PC、携帯電話一切使えない、情報孤立、不安・・・。
 ・結局一番使えたのは手回しラジオ。でも手を休めると音も消える。
 ・避難所に居ないと何の配給もない、薬局・コンビニ・スーパーに物が無い、何の援助も無い。
 ・ガソリンが無いので迂闊に遠くに行けないので、ますます孤立。
 ・消防士の娘婿は、4日間帰宅せず。不眠不休の活動で、家族はその間何の連絡もなく不安いっぱいで過ごす。
 ・親戚が寄り合って大家族で過ごすことが、不安の解消になった。またいろんな知恵を出し合い、何とか過ごせた。孫も癒しの存在。

 なぜ多くの人が亡くなったのか・・・
 ・
津波は適切に避難すれば助かる災害である。なぜなら来るまでに時間があるから・・
   ・釜石 約30分後
   ・気仙沼 約 40分後
   ・仙台港、空港 約70分後

 ・素早く避難した人は助かった。 適切な避難をしなかった理由として、これまでの津波警報が出されても50センチ程度という過去の知識で津波の過小評価で判断の誤りが。
 
 行政に求められること・・・ 
 
①年代に応じた防災啓発教育
 ②的確な災害情報を発信する手段の確保
 ③避難しやすい環境整備
 ④一次避難場所の整備

 住民に求められること・・・
 ・
いつでも安全に避難できるように家族のコミュニケーションと物資の準備をしていおく
 ・多様な災害の基礎知識を各自が認知しておき、大震災を子々孫々まで語り継ぐことが大事

 ☆ 他に津波のメカニズムやCGを使っての科学的な津波の脅威についてなど、専門分野
としてのお話もあったが、特に震災に関して印象的な部分に特化して明記した。

 
 二部の講演
 「女性防災士の視点でできる避難所運営」要援護者の介助について 
 講師 : 黒田裕子 (NPO法人阪神高齢者障碍者支援ネットワーク理事長)
              講演1
 冒頭 「私は災害弱者という言葉は使わない」と切り出し、「要援護者という言葉を使います」と大きく宣言。とっても気合の入った講演になりそうと予感。
 さすが220人を取り仕切る大病院の元総婦長さんだけあって、なかなかの迫力。

 ケアとは、「人間」と(生活)暮らしの視点で始める」・・まるで宗教家のような切り口で話が始まるけど、行政の人にもなかなか手厳しい発言が・・・。

 行政職にあっても72時間は市民であること、自分の身をまず守る、地域を守れ・・・・

  避難所について
 種類・・・一時避難所、二次避難所、分散型避難所、指定外避難所など
 
 どんな人が避難所へ?・・・自宅が被災により物理的に住めない、余震や火災から身を守る 、情報不足により不安がある、自分にとってより安心安全な場所を求めて

 二次避難所とは・・・次避難場所からトリアージされて移動してくる
 移動基準・・・自らが行動に難渋をきたす高齢者(認知症、生活弱者、情報弱者)、杖歩行、車いす歩行、片麻痺歩行困難者、環境になれず不穏状態の人、その他健常者と共同生活のしにくい人々

 避難所での情報把握、環境改善、運営システムの構築など、こと細かく実践例を踏まえてより具体的にお話された。 

 避難所での主な訴えや不安について・・・(時間軸によって変化していく)
 ① 自身余震に対する不安
 ② 子どもや自分の変化に対する不安
 ③ 自宅の被害状況に対する不安
 ④ 今後の生活に対する不安
 ⑤ 他社の生死に対する不安
 ⑥ 不眠
 ⑦ 頭痛,頭重感気分が(悪い
 ⑧ 動悸、呼吸困難
 ⑨ 恐怖感
 ⑩ 緊張感
 ⑪ 焦燥感

 ・避難所でと安全性確保
 ・福祉避難所の存在
 要介護者が相談等の必要な生活支援を受けられるなど安心して生活できる体制を整備
した避難所。
 対象となる施設として耐震、耐火、鉄筋構造を備えバリアフリー化されているなど、要援護者の利用に適していて且つ生活相談職員等の確保も容易である老人福祉施設を活用、社会福祉施設の空きスペースを活用することなども可能。
 一定の人員、器物・器材に係る経費について、災害救助法に基づき都道府県及び国が負担

  要援護者の支援は・・・
 其の人からくる情報、暮らしの本質を看て、その人に合った支援の工夫が必要、その
人らしさを尊重したケアの実践が大切 

 最後に・・・最後の一人まで見捨てないまちを
 『自助』『共助』『公助』の確立が大切、生きた地域社会の構築 、「共創社会」を作りましょう

 講演終了後、先生と名刺交換させてもらった時に、宝塚市立病院という共通な話題で盛り上がり、今度の私たちの(女性と防災)の分科会に「講師として行きましょうか」というお話まで下さった。
 私たちとしてはすごく嬉しいんだけど・・貧乏団体で謝金が払えないんですが・・と正直なところを申し上げると、「交通費だけでいい」とおっしゃって下さり、予定スケジュールが詰まっていなければ行けますとのことで、再度確認を取らないといけないんですが・・・嬉しいサプライズでした。

  本当に遠路はるばる仙台まで来てよかったねと3人で確信しました。
  この日の夜は主催者側(日本防災士会宮城県支部)のスタッフ(黒田さん)のおすすめの店で、仙台名物料理と純米酒で三人女子会大いに盛り上がり、明日への鋭気をつけてホテルで爆睡
23:40 日記 | コメント(0) | トラックバック(0)
コメント

管理者のみに表示