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~松前町の明るい未来を目指して~   ワクワクレポート+α

動き回った8月も終わり・・

 「とうとう8月も終わる。なのに暑さは依然変わらない。今月は女性と防災の仲間と共に、浪江町(福島原発被災地)や荒浜、松島など仙台近郊の復興状況視察に始まって、7月の西日本豪雨災害の県内被災地である野村町や吉田町に行き被災者の方々やボランティアの人たちとの交流や聞き取りなどをして、これからの地域防災に活かす活動をさせてもらった。本当に暑い8月だったが、有意義な月でもあった。」

 昨日は午前中いっぱい全員協議会で、9月議会の運営と行政側からの専決処分や事前に知っておいてもらいたいと思う案件について説明があった。
 特にブロック塀の危険なものについての点検やその後の補修など、現状のわかっている補正予算額など説明を受け、質疑応答も活発に行われた。
 午後12時過ぎには、やっと閉会になり、昼食はエミフルでまたその後久しぶりに母の施設にも行き、眠そうな母を起こして語りかけた。時々目を開けて少し反応してくれるが、どこまでわかっているのか定かではない。でもとりあえず以前よりは元気でいてくれているようだ。
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 夜は夫と久ぶりに、行きつけの寿司屋に。
 今晩は、夫が外食なので私は一人のんびり食を楽しむつもりだ。
 今日1日特に午前中は忙しくて、事務所に戻ってきたのは11時前、すぐに地域の防災士が来られて、明後日の町の総合防災訓練のことについて隣の地区との合同訓練なので、その内容について打ち合わせ会のことなど話してくれた。それによると以前話していた内容とかなり差異があったのでちょっとびっくり。その件は明日の役員会で確認することに。
 昼からはデスクワーク。事務所で暑さをしのいで効率よく仕事ができた。
 また9月からは議会もあり防災士としての活動や行事もあり、かつ父の法事まであるのだから体調管理はしっかりしなくては・・・

戦没者慰霊祭

 「今日も暑い1日だった。朝から戦没者の慰霊祭が、文化センター2階のふれあい展示室で行われた。戦没者の遺族がめっきり減ってほとんどが来賓や地域の区長、各界の代表者などとなり今や先の戦争で尊い命を落とされた多くの戦没者に対して、改めて恒久平和と不戦の誓いをし、英霊の安らかならんことを祈る式典となっている。今を生きる私たちが戦争という過ちを二度と繰り返さないように次世代につないでいかなければならないと、この機会にいつも再認識する。」
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 11時過ぎに事務所に戻り、先日行った船橋市と東京杉並区での待機児童解消と保育士確保の問題について先進事例を研修したことのレポートの書き上げを続けた。
 いろいろ資料を見直しながらその取り組みの説明を思い出しながら、何がその推進力になっているのかを考えてみた。たぶん問題のとらえ方、その緊急性をどのくらい重大に受け止め施策にして予算化して実践し効果を分析している。その実行力に行政のやる気を感じた。
 夕方5時過ぎまでかかったが、別紙の表以外はメールで事務局に送ることができた。
 ★明日はいよいよ9月議会に向けての全員協議会だ。スムースに流れることを願うところだ。

議会運営委員会

 「今朝も相変わらず、暑い1日の始まりだ。9時半には9月議会運営のための議運の委員会があったので、久しぶりに庁舎に。予算決算の委員長より、行政側の説明が長かったり、事前の資料などにも注文がありスムースな運営を促した。4日の初日は、かなり遅くまでかかりそうだ。9月議会は決算認定があるため、後半の決算審査が4つの所管別に行われるため日数も多く取ってある。結構ハードな日程だが、頑張ろう。」

 いったん事務所に戻って、11時過ぎには北公民館に行き史談会の集まりによって、今後の活動計画について話を聞き12時には帰宅するつもりだったが、コンビにでランチを買ってイートインコナーで食事をしてまた公民館に戻った。
 1時過ぎからフラダンスのレッスンを受け、今度の発表会用の演目はかなり動きが早くてみんなひーひー言いながら汗をぶーぶー掻きながら、最後はフラフラになりながら終わった。帽子を持って可愛く踊るのだが、きつい。
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 2時過ぎに終わって帰宅。暑さがピークになり車の中は、サウナ状態。家で休憩してる時も頭がボーとしていた。軽い熱中症にかかったみたいだ。
 4時半には予約している歯医者に行き、かなり診察台で待たされた。
 歯の治療が終わって、帰りに松山生協によって、食材を購入。本当に暑さでバテたような1日だった。
 夜は夫に頼まれた書類作り・・・あ~疲れた。このボランティア。
 そのあとはいつものようにアジア大会を楽しんで、日本選手を応援だ。フレーフレー!!!

通告書提出、ちょっと遅かった??

 「今朝から暑い。まさに猛暑のぶり返しなのか。残暑が本当に厳しい毎日だ。昨日までに一般質問の通告書を仕上げていたので、それを清書して文章の校正をし昼前にメールで送った。今回は通告書を出すのが研修後となったので4番手となり、たぶん午後からとなりそうだ。午前10時から事務所にてネットワーク松前の11月に行うワイワイ座談会について話し合いをすることになっていたので、今日は7名が集まって骨子の部分を決めていった。」

 11月26日に予定している座談会の中身について、今回は防災に関心が高まっているので初めてこの内容で行くことに。特に女性ならではの困りごとや、水のない生活の大変さを中心に小国女子に講演してもらうことに。詳細についてはまた詰めていかなければならないのだが・・
 午後からは研修にて学んだ先進事例についてのレポートを、資料を基に書き上げていった。まだ少し完成していないので、明日夕方にでも仕上げていきたい。
 夕方には来客もあって結局完成はできず、でも内容については自分の中で出来ているので、時間が取れればすぐ終わりそうだ。ただ今週は、議会運営委員会や議員全員協議会、戦没者慰霊祭など行事が多いので時間配分が結構大変だ。がんばろう~

通告書、書き上げ

 「今朝は早めの起床だったので気温も少し低くて涼しい感じがしたが、もう8時過ぎには暑くなってきた。朝から地域の資源ごみ回収の日だったので、前晩に段ボール関係の溜まったものをくくって道路際において持って行ってもらうように準備した。また午前9時から月新会館にて告別式があり、近所の元気なおばあちゃんが亡くなってとっても残念だけど94歳までしっかりされていたのだ。サロンでよく顔を出しておられていたので、この夏前に体調を壊されていたのは知らなかった。なんだか地域の高齢者が一人二人と亡くなられると、やはり寂しさを感じる。」

 10時半には帰宅。そのあと洗濯を済ませ、軽く昼食を済ませ事務所に入り一般質問の通告書の原稿作成のため缶詰状態で頑張った。事務所内をガンガンに冷やして能率を上げて、明日には提出できるように仕上げた。
 夕方までかかったが、出来上がったのでほっとした。特に今回の
研修も加味しての質問内容にしたので、この研修後に書き上げる予定だったので少し遅くなったのでちょっと焦ったが、何とかできてほっとした。
 夕食後はしっかりアジア大会の選手の活躍にエールを送りなが
ら、楽しませてもらった。特に山縣選手の100メートル決勝は圧巻だった。10.00秒で同着3位だったけど、素晴らしい走りだった。2年後のオリンピックが本当に楽しみになってきた。世界との差がぐっと縮んできたように思う。
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 明日からまた9月議会に向けて忙しい毎日が始まる・・・

施餓鬼法要へ

 「今朝は少し秋を感じる涼しさがあったがもう8時過ぎにはいつもの暑さがやってきて、モーニングに。食事後、自宅に戻ってからはパソコンの前にて23~24日にかけて行った研修の内容を忘れないように資料を基にブログにまとめ、今週中には研修レポートを書き上げ提出する予定だ。午後3時には、約束の喫茶店に集合。はんぎりグループさんといいとこ見つけたいグループの皆さんの合流チームによる、町内サイクリングコースを終えたメンバーとの合同会議をここで行う予定。時間より少し遅れて皆さんがやってきて、今日のコースやガイドの内容、レンタサイクルを使用した人の感想など意見交換を。」

 皆さんは汗をいっぱい掻いてやりきった感があった。これからの松前の観光の扉をこじ開ける勇士たちの貴重な意見交換の場。そこに私が呼ばれているのはもちろんこの2つのグループのメンバーでもあるし、行政に向けて何としても観光協会へとつなげる使命も担ってみなさんの思いを形に変えていく責任も抱えているため、この意見をまとめこれからの皆さんの活動にも協力しながら、その方向性をしっかり打ち出していかなければならないからだ。
 皆さんの思いは大きく、熱い。午後4時すぎまで語り合い、暑か
った体も涼しい部屋とフラッペを食べてすっかり落ち着いた感じになった。それにしても皆さん、私よりも年上の人たちがこのグループには半分以上おられるので、私が今自転車に乗るのも筋肉がふわふわしてちょっと自信がないところで本当に情けない話だ。1年前の股関節の痛みはなくなってきたのだけど、まだ完全ではないのだ。
 足が弱るといろんなことが制限されてしまうので、早く軽い足運
びができるように頑張りたい。
 帰りに買い物を済ませ、今日の夜の教深寺の施餓鬼法要に参加す
るため5時半にはまた家を出て夕食を食べる時間はなかった。
 6時前には大勢の
人が本堂に入り、15分前からずっとご詠歌が流れていて荘厳な感じになってきた。
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 さらに壁際の階段状の祭壇に檀家さんたちの名前が記されたお供え台が
あって、最後にそれを持って帰ることになっている。
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 なんといっても1
1人のお坊さんがお経を唱えながらお堂の真ん中の大きな仏像のある台座の周りを回るこの行事はとても珍しい。その様子も写真に撮りたかったが、やはり不謹慎かなと思って撮ることはできなかった。 
 7時過ぎには代表住職さんからまとめの挨拶があり行事が終わる

 
 そのあと有明川の灯篭流しを見に行った。幻想的で  、ちょうど満
月の夜に川の水面が光って川岸の柳が涼しげに揺れていた。本当に、夜風が心地よかった。
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 今回は去年のように駐車場から出れないようなことが起こらない
ような場所に駐車しておいたので、スムースに帰れた。
 帰宅後の夕食は8時半過ぎとなり、ずいぶん遅くなってしまった

研修2日目

 「昨日までは台風の影響はほとんど受けずに猛暑の中の歩行がつらかったが、結局11500歩も歩いていたわけだから足に来るのは無理からぬ話だったのだ。今朝は雨粒の音に起こされた感あり。ぽつぽつ雨の音が外から聞こえてきて、カーテンを開けると雨風で結構街路樹が揺れている。新宿駅までは地下道をひたすら歩くので傘はいらないのだが、地上に出れば必要かも。さすがに今朝はさほど食欲もなく、お粥さんと少しおかずがあればという感じだった。朝食を済ませ、集合はフロントに8時50分。そこからまた新宿駅までひたすら歩くのがつらかった。最後のほうでは仲間に荷物を持ってもらいながらなんとか駅にたどり着き、そこから阿佐ヶ谷へ移動。ただ私の想定ではJR阿佐ヶ谷かと思っていたら、東京メトロの南阿佐ヶ谷だったので確かに杉並区役所の近くではあるのだが、そのあと昼食会場までまたもやすごい歩きがあって、しかも杉並の資料も加算しての道中だったので拷問のようなしんどさだった。」

 10時の研修までには時間があったので杉並区役所内1階ロビーで健診ボランティアさんの血流検査を受けて、実年齢より2歳若い血管年齢問と言われちょっと安心。
 時間前に事務局から案内され、4階の委員会会議室に通され、今日も
昨日と同じ様な問題について杉並区の取り組みを研修させてもらった。
 ・昨日の船橋同様、待機児童問題が人口増加と出産後早くから働
き出す保護者の立場から0歳児対応の保育士不足、施設不足が大きな問題として重なり、首長以下トップダウンで大きなうねりのような子育て支援推進事業としていろいろな施策として打ち出されたことがよくわかった。
・杉並独自のものとして保育士の就職応援ナビとして「保育のお仕
事」というカラー版のA3の1枚ものリーフレットが発行され、私立保育所の開設情報や先輩保育士のメッセージなどこれから保育士を目指そうとする人たちの追い風になるようなものを持ち出している。また杉並区で働く保育士に区内共通商品券5万円分プレゼントなどもあり、新生活スタートには最適だ。もちろん家賃補填(国の補助金を使っての)私立保育園事業主にとっては非常に助かるシステムなどなども船橋と同様の補助事業もある。
・また小規模保育所や民活民営の保育所も行政が後押しして、土地
の提供(区の所有などで面積的にそこまで必要ないところを分けたり)などで1年に何か所も新設したり、非常にスピーディーな対応が行われ、増える待機児童予備軍を抑え込み、保育士需要にも多くの事業で飛躍的な数字をあげ注目を集める区になったようだ。
 約1時間の研修後、本会議場を見学。25年前に建てられたもので
はあるけど、モダンな照明器具と部屋の重厚感がマッチングして素敵な空間と雰囲気をかもしだしていた。
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 場内で、記念の集合写真を撮らせてもらった
 そのあと杉並区役所を後にして、どっさり資料を持って、杉並の
緩きゃらや東京オリンピック、パラリンピックの記念グッズも買って、昼食会場まで移動。
 地獄の歩行だった。暑いし、重いし、足は痛いし、試練の15分だった。このため私は昼食後の自由時間、羽田空港集合まで
の3時間を色々散策する予定だったけど、その気力ゼロに。とにかくただひたすら空港目指して早く荷物を預けてゆっくりしたくて、3時には空港に行って軽くなってから搭乗口の近くで少しお土産を買って、椅子に座ってのんびりさせてもらった。
 今回のように研修内容そのものはとても充実していたけど、移動
や旅程にかなり無理を感じる視察研修は初めてだった。私自身の体力不足もあるけど、事務局さんの事前のリサーチ不足も問題では。今後の参考にしてほしいところだ。
 研修後のレポートは今月末までには提出だから、早く忘れぬうち
提出しておこう・・・
 帰りの飛行機が1時間近く遅れて、帰宅時間が8時過ぎに。ラブ
は夫が迎えに行ってくれていたので良かったのだけど、事務所のトイレの件で文句と一部キャンセルが・・・やりすぎは禁物らしい。確かにお金はかかるが、私が出すつもりでいたので問題ないと思っていたけど、オーナーの夫は気に入らないらしい。もう好きにすれば…最低限の仕切りだけにすることに。
 疲れている上にさらに気持ちの疲れがどっと来た。もう寝るが一
番。(ちなみに今日も9千歩ほどの数字をカウントしていた。)

文教厚生常任委員会研修(1)

 「台風19号と20号に挟まれて西日本全体が大変な時に研修に本当に行けるのかなと案じておりましたが、19号が北西に進路を変え朝鮮半島のほうにずれこみ直接的な影響はなくなり、その上20号もまだ本土上陸までにはかなり時間差もあって23日の午前の便はしっかり飛行機は予定通り飛ぶことになっていた。それで結局帰りの心配は若干あったのだが、とりあえず予定通り研修は決行することになり朝1番の羽田行で予定通り1日目の船橋市に向けて移動し、先に昼食を。ところが日中は猛暑で、荷物をロッカーに入れて予約の店に歩いて10分。汗ダラダラ状態でたどり着き、食事を済ませたころには汗は引いたが、また駅まで重い足を引きずりながら戻って、13時船橋市の車のお迎えがくるまで自由時間。とは言え動くと汗が噴き出そうな日中なので、結局スタバでアイスコーヒーを。」
                 
 13時半より今回の私たち委員会の研修目的である「恒常的保育士不足の解消とその結果待機児童ゼロに向けての対策」について、船橋市の画期的ないろいろな施策をスライドと多くの資料を基に説明して頂いた。
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 まず目を引いたのが保育士さんになろうと目指している学生さんたちに教育資金としての奨学金制度があり、船橋市の私立保育園に5年以上勤務すれば返還責任の解除となるこの制度は、就職意欲を高め多くの人材を吸収する力となる。当然国の行っている処遇改善や市独自の上乗せ給与(ふなばし手当)と同時に臨時保育士の時給賃金の引き上げ、常勤保育士の採用増、さらには国の補助金ではあるが保育士宿舎借り上げ事業、保育士確保キャラバンと称した勧誘パンフレットの作成、保育士養成校への職員訪問など、行政のこの問題に対する意気込みや情熱を感じる事例を感じることができた。
 事前の質問への丁寧な対応、またこの問題に対する首長以下行政マン全体で取り組もうとしている意識の高さに見習うべき点が多いなと思ったし、研修の意義も深く感じた。
 1時間半の研修を終え、中の本会議所を見せて頂き4年前にリニューアルされただけあってとっても天井が高く広々とした空間を感じ、さすが63万人の市議会場だなと思った。
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 夕方4時過ぎには新宿に、そのあとワシントンホテルまで約15分歩く歩く・・・もうヘトヘト。しかも船橋でもらった資料をごっそりカバンに入れたので、しかも今回キャリーバックにしてなかったのでホテルのロビーではほとんど放心状態。疲れた・・・研修に疲れたのではなく、歩くのに疲れた。いかに普段、歩いてないのか! しかも重い荷物を持ち歩いてないのかもよくわかった。(反省)
 6時前にロビーに再度集合。いったん各人部屋で休憩してからではあるが、またもや夕食の予約場所へ移動。これがまた荷物はないけど、まだ暑さの残るアスファルトの道は足の疲労を加速させる。今回の事務局さんは若くて健脚なんだが、私にはかなりハード。10分ぐらい歩いてやっと到着。石狩川というお店だった。安くておいしいお店との評判もあるとのことで、なかなかの美味で、足の疲れを忘れさせてくれるものだった。
 店を出てからはプライベートタイムなので、私は事務局とホテルに戻ってしばし足の疲れを癒した。
 9時過ぎには次男がホテルに来てくれたので、盆に会えなかったのもあって25階のレストランバーで夜景を楽しみながら、近況や今後のことなど久しぶりの親子の会話を楽しんだ。
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 11時過ぎには別れ、私もさすがにシャワー後バタンキューの状態だった。本当は明日の予習でもと思いつつ、疲労感に勝てなかった。明日に疲れを残さず、元気に回復しておかないと・・・

台風接近中

 「今朝から蒸し暑くて風のきついイヤな気候だ。その上台風の進路が気になるところだ。この台風が熱風を呼び込んでいるのか本当にまた猛暑のような日中に戻って、何をしても汗がしたたり落ちる。午前中は洗濯やできる家事はなるべくしておいて、事務所へ。明日から予定では千葉から東京に向かって視察研修に行くため、ラブも預けに行かないといけないし、頭も白いものが目立ち始めたのでヘアーサロンにも行かないといけないし、本当に慌ただしい午前中だった。」

 午後2時には事務所に戻り通告書の原稿を書きだしたのだが、資料を見ているとやはり今回の質問内容と関連があるので、この研修を終えてからそれらを踏まえて書き上げようと思い、それ以外のものについて書きだしたのだがこれもまた資料の読み込みやどういう聞き方をしたらよりベストな内容になるかを検討しだすと、これも又時間がかかりそうなので今週末から来週初めに仕上げることに決めた。
 天気予報や台風の進路を見ていると、これは十分行けそうだと判断し、帰宅後カバンに着替えなど荷物を詰める準備を始めた。
 23~24日で2か所保育士不足に対応する先進的取り組みの船橋市と東京都杉並区へと向かうことになっている。自治体規模がかなりちがうのでそのまま運用は無理だが、考え方や仕組みについて発想のヒントにもなるかもしれないので、しっかり勉強していきたいと感じている。
 明日は7時20分発の飛行機なので朝がとっても早い。そろそろお風呂に入って休むとしますか・・・私たちがこっちにいない間に台風20号はこの四国に上陸するようだが、あまり雨を降らさず、さっさと通り過ぎて頂戴。

9月議会、事前打ち合わせ

 「今朝はとっても蒸し暑い。昨日よりもっと暑い感じがする。明らかに台風の影響だろう。それにしても2つの台風が時間差で日本に襲い掛かってくるのだから明後日の視察研修がどうなるか、そして甲子園では100回記念大会にふさわしい盛り上がりを見せてくれた2校の激突となった。方や春夏2連覇がかかる強豪校の大阪桐蔭と雑草軍団公立高校で地元選手だけで構成される金足農高の決勝戦。判官びいきではないが、つい金足に勝ってほしいと思ってしまう・・でも大阪桐蔭は3人のピッチャー継投で行くのに対し、農高の投手は吉田君一人。これまで完投、5試合投げて880球も投げている。やはりこの疲れはどうしようもない。見事に大阪桐蔭の打線につかまり、13-2という大差で勝負がついた。そのことから言うと昨日の済美は良く守ったしいい勝負をしたと言えるね。たぶんドラフトの目玉になるでしょうね。ここに出てきた選手たちは・・・清々しい涙に感動した。」
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 午前9時より9月議会運営の事前打ち合わせを議長室にて事務局と行政側と正・副議長、正・副議運委員長とで行った。約1時間で上程される案件について専決事項や委員会付託のものなど仕訳していく。
 30日の全協に於いてもその内容について理事者側から説明がある。
 事務所に戻ってスタッフと打ち合わせをしたり、通告書のための資料を集めたりでデスクワークに終始した午前中だった。
 午後からフラのレッスンで、4時からは歯医者に。お盆のころは歯が痛くて物を食べるのも苦労したけど、やっと痛みが減ってきたのだがまだ治療中なので化膿しているところの消毒が続く。なんとかあの激しい突き上げるような痛みはなくなったのだが、まだ完全ではない。
 帰りに買い物をして帰宅。今日は夫が外食なので私は一人アジア大会を楽しみながら、ゆっくりと。
 中国が強いなあ。特に競泳については自由形が日本は弱い。やはり14億人の代表は体型がすごいのが結構出てくるのだから驚きだ。
 明日は台風の影響がはっきり四国にも出てくるだろう。視察研修ができるかどうかもはっきりするだろう・・・

通告書の準備

 「今朝は、少し蒸し暑い。台風が2つも繋がってやって来るようだ。23日から関東方面への文教厚生常任委員会の研修が予定されているのだが、飛行機が飛ぶかどうか微妙だ。できれば決行してほしいところだが、何ともお天気次第だ。」

 朝から事務所にて、9月議会に向けての通告書作成の作業にかかった。
 今回のテーマは子育て支援と西日本豪雨災害からの教訓としての備えを考える立場で質問していきたいと考えている。
 午後からは議会事務局によって、更にフジトラベルによって今度の長崎行のチケット等の支払いを済ませ、更には年末年始の家族旅行の案も相談した。
 今回は箱根駅伝を応援したいと思うこともあって、また富士のご来光は無理としても、まじかで新年の朝日を見てみたいという気持ちもある。そうなると早めの宿泊予約が必要だ。
 夕方6時過ぎには定例の病院での健診を受け、帰宅は7時半。夕飯は8時となってしまったが、ちょうどアジア大会の競泳種目の決勝が見れて日本の頑張りに力をもらった。
 ただ済美は大阪桐蔭の善戦むなしく敗退したけど、よく粘って頑張ってくれたと思った。今度は秋田の田舎学校の金足農高にエールを送って、大阪桐蔭を撃破してもらいたい。がんばれ~

コーラスコンサートへ

 「今朝も秋を感じるような涼しさ。日中はこのままでは済まないのだけれど、朝晩だけでもエアコンのお世話にならないことがいい。朝食を息子と3人でモーニングに行き、そのあと夫の事務所に行き、昨日取り付けた絵や写真などがゆがんでないか確認し、さらにニトリに行って机の上のビニールカバーの注文を。帰宅後、私は昼食と夕食メニューの材料の買い物に。12時には息子を空港に送りに夫が連れて行った。私は午後1時より友人の車で市民会館大ホールに。えひめグリークラブのコーラスのコンサートを聞きに行った。会場に1時半には入って、ちょうどいい具合に空いているところがあったので3人並んで楽しませて頂いた。今日は私たちの仲間の山下さんが女性のコーラスグループとして賛助出演していたので、混合コーラスも楽しませてもらった。約2時間たっぷりコンサートを堪能することができた。」
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 帰りに3人でお茶を飲んで、久しぶりにいろんな話をして、そこでも1時間は女子トークを楽しんだ。
 帰宅は6時半頃ですぐに夕食作りに。7時過ぎには食事に。
お昼前に買い物してメニューも決めていたので迷うことなく調理に入れた。
 夜はアジア大会が始まっていて、
日本人選手のメダルラッシュを。まずは水泳競技から楽しませてもらった。
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頑張れ、済美ナイン

 「今日は朝からとっても涼しく感じたので温度計を見てみると26度になっていて、いつもより3~4度低い朝の気温となっていた。それだけで随分気持ちが良くて湿度も低いのだろう、さわやかな感じがした。私は午前中に一昨日まで私たちのところに来ていた息子の彼女のお母さんから電話が入ると聞いていたので、ずっと家から出ずに待機していた。10時ごろだろうか優しい声のお母さまからお礼のお電話があって恐縮でしたが、帰ってから彼女からいろいろこちらの話を聞いてとっても楽しく過ごしていたようにお話されたのでしょう・・大変喜んでくださってるようで、私としては嬉しかった。息子の大事なお客様でもある彼女に失礼なことがあってはいけないけど、自然体でなるべくフレンドリーに対応させていただいたので戸惑われたかもしれないと思っていたけど、お母さまの話を聞くとちょっと安心した。これからのち、ご縁があれば続いていくでしょうし、またそういう期待もあるけれどあくまで彼らの決めていくことなので暖かく見守っていきましょうというスタンスでという点は、彼女のお母さまもほぼ同じような考えでおられるようで良かったなと感じた」

 午後からは、ちょうど済美高校と報徳学園の高校野球の準々決勝が中継されていたので、画面の向こうの彼らにエールを送りながら1点差の攻防に結構冷や冷やしながら応援をした。
 なんとか済美が勝って、ベスト4に入った。
明後日の準決勝戦では、なんと優勝候補の大阪桐蔭と対戦することに。頑張れ・・・済美ナイン。次男の母校でもあるしね。
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 そのあと3時ごろより夫の事務所の壁に絵や時計、
掛け軸などを掛けたりする作業の手伝いに行った。白っぽい広い壁に良く映えて、バランスを考えながら一つ一つ掛けていった。
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 夜は長男と3人でステーキハウスへ。
明日の昼の便で東京に帰るため、またしばらく会えないのでね。

そろそろ稼働しないと・・

 「お盆も終わり、終戦記念日も過ぎ、8月もあっという間に半ば過ぎ。毎日毎日がとても速く過ぎていく。彼女を連れてきた息子も19日には東京に帰るらしい。あわただしくて忙しい日々は過ぎてしまうと、もう9月議会に向けて準備の日程が待っている。通告書の準備や議会報告会に向けての作業部会としての準備会議もそろそろ開催していかないといけないし、いよいよ忙しい日々がやってくる。夏にしかできないこの時間にしかできないことをやりきってしまいたい。」

 今朝は寝起きのいい風が吹いていて、多少なりとも台風の影響をあちらこちらに感じる、
 午前中はネットワーク松前の皆さんが集まって、今度の9月30日から行く1泊2日の研修旅行について具体的にその中身を、午後からは事務所にて23日から行く研修について都内見学先を色々調べたりで結構忙しかった。
 朝晩は少し涼しい風を感じるようになってきたが、まだまだ昼間はうだるような暑さが続いている。猛暑という敵は、いつまで私たちをいじめるのか・・・
 夕方、母のところに息子が一緒に来てくれて、顔を近づけると目を開けて返事をしてくれるような仕草をして私たちもしっかりと生きている意思を感じた。
 夜はいとこが新しい居酒屋を紹介をしてくれて、4人でワイワイとおいしい料理に会話が弾んだ。
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 明日も早起きして友人と高知のほうに出かける息子は、それでももう一軒別の店に行って、私たち夫婦は帰宅した。還暦過ぎると、2次会がもうしんどくなってくるようになってきた。情けないね!

お墓参りへ

 「今日はお盆のため朝から和尚さんが仏壇の前で読経して下さる日で、御料豊膳を用意して朝8時前からスタンバイ。息子たちも一緒に正座してほんの5分ほどの間手を合わせ、ご先祖様に日頃のご加護を感謝した。」

 朝食をすませ息子と彼女は一足先にレンタカーで出て、私と夫は車で待ち合わせの12時に大洲のウナギ料理のお店で合流し、今はアユも名物のカジカも川が濁ってあまり獲れなくなっているとことだった。
 食事の後、息子の要望で草刈り機の刃が摩耗しているので買い換えたいとのことだったので、ホームセンターを探すのにまだまだ東大洲あたりでは唯一ダイキさんが開いていたので買えたが、かなりの部分、あの西日本豪雨災害以降1か月は経つのだが被害の爪痕が色濃く残っていた。あの時の肱川氾濫と水の勢いがどれほど強かったのか・・・やはり恐ろしさを感じる。
 そのあと長浜の方に移動して、お墓参りをすませ、魚屋さんによって夕食のおかずを調達して、そこで彼らと別れた。
 結局、私たちは3時半には帰宅して夫はすぐに事務所に用事があると言って出かけ、息子たちも6時半ぐらいまでは帰らないと聞いていたので、私は溜まっているビデオ録画の映画を1本見て、5時半ぐらいから台所に立ち夕食の準備を始めた。
 皆さんがそろったのは7時前、魚尽くしのメニューにはなったが、彼女には好評だったようでよかった。ハマチとタイのお刺身、ハマチの照り焼き、ハマチのアラ煮、タイのうしお汁、鯛めしに・・・
 ただ残念だったのはハマチの照り焼きは、十分味の浸み込みが出来てなくて申し訳なかった。つけ汁が薄味すぎたのもあったのだが、魚が新鮮すぎて十分に細胞に入り込まなかったのかもしれない・・・
 今晩で最後の彼女との夕食になったが、短い間でもとっても楽しくお話もできたし、今後彼らが付き合いを深めてまたそういった報告がある時までじっくり待ちましょう。ご縁があれば、そういう日も近いでしょうし・・・外野はでしゃばらず大人の二人のお付き合いに任せましょう・・

長男の彼女と

 「今日はお盆の中日。本当に暑い1日だった。長男が彼女を連れて我が家にやってくる日でもある。午前8時には松山空港には着いていたのだが、そのあと彼女の祖父のお墓が川之江にあるとのことでそちら経由で西条や大三島のほうまで足を延ばして、約束の松山市内のお寿司屋で午後7時に対面という形になった。初対面だったのだけど、いや~目元すっきりの美人さんで夫なんかめっちゃ上機嫌。でも鼻筋の通ったインドの女神様のような気品のあるお顔立ちで、確かに息子が気に入るはずだわ…と思いつつ、まだ正式に先のことまでは話し合っていないみたいなので周りがいろいろ言う立場ではないので、二人でしっかり愛を育ててからという事にしたらいいと思う。私たちは静観していきましょう。」
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 普段掃除が行き届いてない埃の溜まったところを夫も一生懸命拭き掃除して、お出迎えしようとしていたところは可愛らしい。私も汗をぶーぶー出しながら掃除やかたずけに追われた。
 庭の草引きもできるところはやった。人工芝にした分、草引き
するエリアはぐっと減ったが、ひざを曲げて移動する作業は、腰にも結構来るので本当に短時間しかその姿勢は保てない
 いよいよ夕方まで休憩して英気を養うとなったら、
夫はラブと一緒にグーグーお昼寝を始めた。ラブはボールを大事そうに持って夫の腕枕でぐっすりと、なんともユーモラスなので、写真を。
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 ほぼ時間通りに来てくれて、楽しい団らんの時を過ごし
9時ごろには乗ってきたレンタカーを代行運転してもらって帰った。
 帰宅後も少し談笑してお風呂に入ったり、11時過ぎには明日が早いので就寝してもらった。
 
明日は和尚さんが朝の読経に来られるので私は6時には起きて御料部の準備をしなくちゃならないので・・
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物資支援に

 「今朝からお盆に向けて家の中を少しは片づけておかないと・・気になっていた特にリビングあたりからテーブルの上の散乱した書類やソファの上の煩雑した物たちを整理した。汗がたらたら出る中、頑張った。先日そのあと吉田町の避難所に持っていく化粧品のことで相談していた友人から快諾してもらっていたので、彼女の会社で販売しているオルキレーヌの基礎化粧品のサンプルキットを50組分けてもらうことにしていたため彼女の事務所に走った。11時過ぎに到着後、箱詰めの作業を手伝って12時過ぎには帰宅。かわいらしい袋詰めにしたものをセットしてくれて、本当に心遣いに感謝だ。1時過ぎに女性と防災の仲間の車が来てそれらを車に積み込んで、私も一緒に乗り込んで吉田町に向けていざ出発だ。」

 車には他に女性と防災の会の防災士建築士二人もいて仮設住宅の様子も見て帰ろうと、また地理学専攻で災害研究もしているイギリスから久万高原町でホームステイしているケンブリッジ大学の女子学生のエレンさんも一緒だった。車中では、イギリスに行った時の話や息子のロンドン在住の時のことなど、いろいろ話をしながら目的地へと。
 吉田町に着いたころには雨がぽつぽつと。
車を降りてみんなで段ボール箱を4つ持ってあがった。化粧品以外にもGUさんが協力してくれた下着(男性用トランクス、女性用パンティ、ブラ付きTシャツなど25組)なども避難者特に女性に向けて持って行った。箱を開けて早速避難者の方にも見て頂いたのだが、まだ帰ってきてない避難者の方も大勢いるので皆さん揃ってから分けることに。
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ペットと避難している家族は別の部屋で家族と共に生活していた。黒いパグちゃんが1匹いてたけど、とってもおとなしかったので1か月の避難生活にも対応できたのかも・・・
 そのあと野村町に向かった。途中道路わきの山肌が崩れ、
土嚢がたくさん積まれているところが多くあった。エレンさんも時々ため息をつきながら、その状況を写真に撮っていた。
  
 野村町の小学校が避難所になっていて、
ここは私も3回目の訪問となるが、同じように化粧品や下着類などが入っている段ボールを4箱おろして、物資の置いてある部屋に持って行った。受付の女性がとっても喜んでくれて避難者の方々に責任もって分けてくださることを約束して下さった。   
 そしてできればこの近くの野村保育園の被災状況を見てほしいと言われ、早速行って視た。
 氾濫した川のすぐ近くにある保育園は、
地震の折には指定避難場所になっているところだ。あまりにひどい状況だったので言葉が出なかった。よくぞ子供たちがいない時の氾濫だったので犠牲者はなかったのだが、全く手つかずの状態で放置されている状態だった。これでは開園できないだろうし、この地に同じように新築することは考えにくいのだが・・
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 みんなカメラにその状況を納めたものの、
ショックが大きかったみたい。特にエレンさんは強烈な印象を持ったのではないだろうか。
 その後、
お盆返上で突貫工事で頑張っている仮設住宅建設現場にも注目した。特に建築士の2人には興味深い現場だ。ちょうど作業している現場監督さんもいたのでお話が聞けた。今月末には仕上げる予定で、9月初めから入居できるように進めているとのことだった。今の避難所生活よりは住みよい環境にはなるだろうが、ここも2年間ぐらいをめどに出ていかなければならないので被災者の自力再生力が試される試練の道が続く。
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 我々だって被災して家や財産を失うリスクは、
この災害日本に住んでいる限りついて回ることだ。ただ戦争や紛争で人為的に財産を奪われてしまうことはないので、個人的にはお互い助け合い少しでも減災していく準備をし、国もその対策と支援をしっかりできる体制を構築していてほしい。
 帰りにどんぶり館に寄ってアイスを食べて、
少し買い物などをすませ、今日の盛りだくさんの被災地訪問視察の話をしながら帰りの車中は盛り上がった。
 午後7時過ぎの帰宅だったが、本当に暑い1日だった。途中少し雨もあったが、
お湿り程度で結局猛暑には変わりなかった。帰宅後少し顔が暑くてボーっとした感じで疲労感が取れにくかったが、やはり錆びついた英語で一生懸命エレンさんに気づかっていたのか、そのあたりが響いたのかな~~~? 

痛みを堪えて・・

 「朝から相変わらずの暑さと歯の痛み・・なんとかならないのかなと思いつつも、夫と共にモーニングに。痛みをこらえながらゆっくりと食べて、その近くにある夫の新築ビルに。お祝いにもらったランの花に水やりと置く場所のアドバイスを頼まれて。というのも私の事務所のランの花は、毎年たくさんのつぼみを付けて一斉に咲いて結構長くもってくれるのだ。一つは最初の当選祝いでもらってから11年目になるけど、毎年花数こそ減ってきたけど必ず咲いてくれる。また3年前に知り合いからもらったランは花数50はくだらないし、勢いよく咲いてくれるのでそのコツを伝授してくれとのことらしい。窓越しの柔らかい日差し、ブラインド越しの光が好きみたいだ。水は鉢の表面がカラカラに乾燥したらたっぷり水をやること、これらを開花中はやって、花が終わったらお礼の肥料を。私は液肥を必ずさしてやる。簡単なことだけどサボると枯れちゃうから、植物は正直だ。」

 そのあと少し事務所に不足な家具とか花置台などを購入に、ニトリやダイキのあるエミフルへ。適当なものがあったので購入。
 いったん自宅に戻り、お互い午後からの用事のため準備を。
 歯の痛みに難儀しながら
女性と防災の会に行くための用意をして、簡単に冷蔵庫の残り物を軽く食べて昼食として、午後1時の会議に向けて走った。今日はコムズの駐車場に入れることができた。たいがい土曜のこの時間帯は満車が多いのにラッキー!!
 東北のお土産のお菓子を真ん中に置いて、
私も歯の痛みをこらえながらそれでもおいしいものだから2個は食べたな。このいやしんぼ!
 今日のテーマは来年のコムズフェスティバルで行う分科会の内容だ
。前回の時にほぼ決まっていたのだが、やはりこの浪江や仙台被災地めぐりに行ってまた西日本豪雨災害を通して大幅に修正をすることにした。他にも視察報告、南予の被災地訪問から、いろいろ今欲しい女性のニーズに応えるべく下着や化粧品などを購入したり、お店の方やメーカーにも相談して快く応じてくれたとことや断られたところもあったがダメもとで行ってみるものだなと感じた。明日はそれらをまた野村・吉田町へと運ぶ予定だ。
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ほかにも西浦氏の言った研修先で学んだ逃げ地図作りの話を聞いたり、写真集のベースとなるデータをタブレットの画面で観たり、結構説明しながら盛り上がった。
 夕方5時過ぎまでワイワイガヤガヤと会議を続け、
明日の予定も決めてお開きとなった。
 帰りに買い物をして帰宅。
夕食も痛みをこらえながらたべたけど、若干痛みになれたのか、気にならない時間もできてきた。この調子で痛みが緩和してくれたらなと願う。

歯痛に悩まされる・・

 「朝から歯の痛みが増してきた。あ~どうしよう、つらいな。朝食もおなかは空いてるけど、口に入れて噛んだり飲み物でもしみるというか、頭から左耳の後ろまでキンキン痛い。それでも我慢しながら柔らかめのものをゆっくり食べて、溜まっている新聞をまとめて束にして次の資源ごみにに出しやすいようにしておく作業をして車の後部トランクに入れて事務所に。お昼が来ても昼食を食べる気もせず、デスク周りの溜まった書類のかたずけなどをしてスタッフが戻ってくるまで留守番をして、さらに書類の整理や専門書なども読んだりして時間を過ごしていたが一向に歯の痛みが治まらないので、行きつけの歯医者に予約外で飛び入りで診てもらった。」

 結局レントゲンを撮って、神経が触って痛みが合うところの神経を取ってもらうことに。一番嫌な頭にガンガンくる音をこらえて麻酔もしてもらって、3本神経を抜いてもらった。かなりきつかったけど堪えて事務所に戻った。多少は緩和された感じだったけど結局痛みは取れず、我慢しながら夕食も食べたが、少しづつしか食べれないし、アイスコーヒーがあたってもしみる感じで痛み止めを飲んでもあまり効かない痛みと付き合いながら過ごす。
 午後7時から地域の防災士の集まりがあって、集会所で今後の9月の松前町の総合訓練の内容を深める議論を結構喧々囂々とやった。というのも今回は風水害の対応の避難訓練並びに避難所運営だから、ある意味体育館は浸水の恐れがあるので小学校の校舎2階以上が適当と思われるのだが、会長や他のメンバー一部には訓練だから受け付けや運営会議は体育館でやってそれから校舎に移動したらという考えだったようで、ある意味それでは本番ではあまり意味をなさないのではないかという事で最初から体育館は外そうという意見を私や一部メンバーもその考えで、意見の対立が起こった。
 とはいえ、何とか1本化しないといけないので、また今回は北川原地区の皆さんとの合同という事もあって割と組みしやすい体育館で受付作業や作戦会議もして、そのあと校舎の配置や運営のノウハウを確認するといった流れでやって行こうという事になった。仮設トイレの組み立てなども体育館のほうがしやすいという事もあって・・・
 最初の1時間以上がその議論でかなり炎上したが、私たちはお互い納得するまで議論し一つにまとめていく力を持っているので、ここはすごいと感じる。見習うべき点が多い。
 またその後の会議や行事についても意見を出し合い、大方年内の活動についてはめどがついた。備えニュース15号もできたことを知らせ皆さんの原稿を集約してこのような形になったことを報告。もう各戸に順次配布されているようだ。
 9時過ぎに会議は終わり、帰宅。相変わらず歯が痛いけど、なんだか痛みになれてしまった感がある。困ったものだ。
 気晴らしにスマホゲームをしても、下を向いているとまた痛みが増幅するので、長時間はできない。横になると比較的痛みが和らぐので、就寝時はぐっすり眠ることはできた。

歯が・・(泣)

 「今朝目が覚めてから台風の影響か少し涼しさを感じたが、残念ながら歯の痛みは昨日より強く感じる。特に冷たい水や少し口を大きく開けるだけでもピリピリする。あ~このまま盆過ぎまでこの調子で痛いと困るしと思って行きつけの歯医者に電話すると、今日の午前中になるべく急いできてほしいとのことだった。スタッフにその旨伝えて、事務所に行かずにすぐ歯医者に直行。予約外なので30分は待たされたが、ようやく診てもらって知覚過敏がひどくなっている状態らしく、特にキリキリ来るところをコーティングしてもらい、痛み止めの薬を処方してもらった。」

 そのあと11時半ごろ事務所に行ってデスクワーク。用事を済ませ、銀行に行ったりエミフルで母の下着を購入したり、昨日のコスメの件もあって店によりその処理も済ませ帰りに母の施設に顔を出した。
 母は私の問いかけに時折目を開けて反応してくれて、「
10日ぶりの訪問でごめんね」というと顔をクシュッとして精いっぱいの対応をしてくれた。
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 そのうちに眠くなったのかスヤスヤ眠り始めたので
そっと部屋から出て、帰りに買い物をして帰宅。ようやく歯の痛みも治まってきた感じはあるのだが、食べるときの感じを見てみないとわからない部分もある。
 ★さあ明日からまた元気に活動ができることを願って、頑張ろう・・
・先日訪問したいわき市や浪江町に台風が直撃しそうだったので心配していたが、結局コースがずれてほとんど影響がなかったようでよかった。
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野村・吉田へ

 「今日は朝から小国さんと一緒に彼女の運転で午前中は野村町に、午後からは吉田町の被災地(特に避難所)を訪問した。私は被災後1週間の時に行ったのだが、その時はまだ水も出なかったり被災地も片づけの真っ最中でまだ十分な避難所の体制もできていなかったのだが、さすがに1か月も過ぎるとある程度避難所生活やその環境も整ってきて、各家族ごとのプライバシーエリアも段ボールの衝立がしっかりできて段ボールベッドも完備され、以前の体育館の床に直接寝るようなことはなくなっていたが夜はやはりしっかり眠ることもできなくて疲労の色が少し見えてきている。そんな中、まず担当者の話を聞き現在の避難所の様子など話してもらい、その後皆さんの集まる食堂部分のテーブルのところや個別エリアでお話の聞ける方にはいろいろ今の心境やお困りごとなどを聞くことができた。そうすると、いろいろな部分が見えてきた。」
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 野村町の高齢者の方々のお話を聞くと、みなさん仮説に移るべきか悩んでおられた。というのも仮説は最長でも2年ぐらいの仮住まい。もちろん家賃はいらないがそこに入ると半壊や全壊の家をリフォームしたり新築すための補助金をもらえなくなるとのことで、これからのことを考えると気が重いとのこと。高齢者の多くは年金暮らしの方も多く、たちまちのスタートに悩みは深刻だ。
 東北の震災の折には、このように先を案じて結局災害時は助かったのに、そのことで体調を崩し病気になったり、自らの命を絶ったりして孤独死、災害関連死でなくなる人も多かった。このようなことを教訓に、国や自治体の被災者に対する優しい対応が望まれる。
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 吉田町でも同じような悩みを聞いたが、それ以外に少し女性たちから下着の数が少ないことや化粧品などがなくてなんだか気持ちがぱっとしない・・・女性にとって化粧品は決して贅沢品ではなく、元気に明日へ踏み出す原動力になったりする。心のリフレッシュにもオシャレや身だしなみは大事だ。このような貴重なつぶやきになんとか力になれないかと思い、早速帰りにエミフルによって下着の一部購入やコスメの店舗にも寄った。せめて被災者の皆さんの分ぐらいは準備できないか相談し、対応は企業側に任せた。
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 帰宅後、夫は大阪出張中で一人夕食を。なんだか疲れが出てボーとしてるうちにウトウト・・と、でも歯の痛みの復活であまり食べれなかった。
 痛みが続くようなら、明日は歯医者に行こう・・・

視察研修の後片付け

 「今日も暑い1日だった。午前中は3~5日にかけて盛りだくさんで駆け抜けた福島・仙台の被災地研修について報告書や資料の整理などで、ほとんどの時間を費やした。というのも昨日は疲労が残っていたり、何かといない間に進んでいるいろいろな事柄に対処しておかないといけないことが多くて結局今日までかかった。でも時間が経つと忘れてしまうことも多いので、なるべく自分の中で熱く記憶が残っている間に進めておきたい仕事なんだ。やっと一通りお世話になった皆さん(福島県防災士の皆さんや浪江町役場の総務安全係長さん)へのお礼メールも送ったし、ちょっと一息ついた。」

 午後からは、久しぶりにフラダンスのレッスンに。2週間も飛んでいるのできれいに振付を忘れていたが、やっているうちに思い出した。お土産も渡し、結構冷房の中でも汗をかいて終わった。11月の発表会に披露する演目だからしっかり覚えていかなっきゃならないのだが・・・
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 午後3時前には庁舎に行って、議会事務局長に頼んでおいた議運の研修先の絞り込みについて結果を聞きに行った。2泊3日の日程でどこまで充実し効率化された研修ができるか、結構私の提案内容なり行先でいろいろアレンジして考えてくれていたので、あとは相手先への打診とこちらの行事スケジュール調整ができればまずは完成だ。
 その後買い物をして帰宅。明日は夫も大阪出張だし、私は小国さんとまた豪雨災害1か月後の野村町・吉田町、できれば大洲の菅田のほうまで足を延ばして傾聴ボランティア、避難所の女性の視点でのお困りごとなどを中心に支援の糸口にして行きたいと考えているので、それの準備に・・
 夕食はそのため市内に出て友人を呼んで食事を。明日も暑そうだし、しっかり対策していかないとぶっ倒れそう。万全の態勢で行かねば!!

仙台視察

 「今日の午前中はモーニングバイキングで済ませた後、自由時間とした。3人と2人に分かれて行動。私は小国さんと商店街を散策。明日からの七夕祭に向けて着々と準備中という感じ。やや涼しく感じるアーケードの中を足元にまだおいてある飾りつけの笹短冊を踏まないように歩きながら、もう飾ってある各商店のサイドから出ている特色ある笹飾りはとてもユニーク。ただ歩き続けると左足がだるくて痛みも出てくるので時々休憩しながら・・さらに三越に行ってそこでコーヒーゼリーブレイクをして、またいろいろ見ながらホテルに戻り、預けていた荷物を持って約束のJR仙台駅に。もう一つの3人グループは青葉城公園散策見学から帰ってくる予定だが。ちょっと遅れるとのラインを受けながら、ほぼ時間には集合。午後1時の研修開始までに昼食を。パエリアやスパゲティの店で軽く食べながら、旅の残りわずかな余韻を楽しんだ。」
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 駅構内にはもう大きな七夕飾りがあって、今回初めて見る愛子さんも喜んでもらえたかな? さらに下のタクシー乗り場の近くで待っていると菊池さんの奥様が呼びに来てくれて、そのまま路駐中の菊池さんのところまで誘導してもらって、そのまま荷物を載せて昨日もらった資料を基にまずは一路松島へ。ここは前に私たちは来ていたが、今回初めての方もいるので回ってくれた模様。ただ雲行きが悪くなってきて、ついに到着後しばらくして雨がぽつぽつと。さらに瑞巌寺の五大堂のあたりではかなり大粒の雨に。記念の写真を撮って、お土産の買い物などをして足早に車に戻る。前回行ったときは復興途中であまり人も来てなかったが、今回はものすごい人だかりで特に外国人の旅行者が多いのには驚いた。それだけ人が戻って賑わいを取り戻しているのだなと感じた。昨日の浪江とはかなり違っているなと・
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 そのあと一路荒浜方面に。
まずは最近できた地下鉄荒浜駅構内の荒浜写真資料館に立ち寄った。震災当時のかなり強烈な写真から、戦後復興時代の古き良き昭和の写真なども展示されていた。中に解説員がいていろいろ説明してくれた。写真OKで、結構いろんな人が来ていた。
         
 そのあと荒浜小学校に行き、
ここは遺構として被災当時のままを残して一部展示用に説明を加えたり、語り部の方が来た人にボランティアで説明をしてくれたりする場所になっていた。
 私たち3人(藤岡、本田、小国)
は震災後半年でここに来ているのでとっても生々しい状態も視ている。そのあとも何回か来ているので周りの変化も含めて復興の足跡を感じて、感慨深いものがあった。さらにエレベーターが設置され4階に行くとそこには当時のまちの様子のジオラマがあって、いかに多くの人たちがここに住んでいたかという事が判り、その多くが津波の犠牲になり海岸付近の多くの部分が公園となり、もう住宅は建てれないように条例化されたようだ。視察の後雨の中、荒浜小学校のグランドにて集合写真を撮った。
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 変わりゆく街の様子は、
地元の人にはどんな思いで伝わっているのだろうか・・・ 
 そこには荒浜地域の元民生員をされていた堀江氏も来て下さり(
本当は昨晩お会いする予定だったが、地元の夏祭りのため会えずにいた)わざわざ来てくださってほんのつかの間だったが合流できた。
 雨もきつくなる中、
慰霊碑の前まで一緒に行きそこで手を合わせ哀悼の誠をささげ、堤防の向こうの静かな海に思いを寄せた。
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 そこで堀江氏と別れ、
そこから仙台空港までの道中で閖上の丘を見ながら、菊地氏の説明を聞きながら駆け抜けるような仙台研修のフィナーレを感じた。
 4時半過ぎ、目いっぱいの盛りだくさんの視察を終えて5時半発のフライトのため、急ぎ空港内で最後のお土産を購入し、
荷物を預け検査場に入り仙台ともお別れだ。
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 途中伊丹空港での乗り継ぎを経て(
搭乗ゲートが急に変更になったのをぎりぎり分かって、気づかなかったら帰れなかったかも…最後までなんかある珍道中の旅)松山空港には9時過ぎに到着。
 下りる前には三津の打ち上げ花火を少し飛行機の窓から見ることもできた。
本当に皆さんお疲れモードだったけど、それぞれにとって意味ある視察研修の旅になったのではないかと思った。また次回の視察も行きたいね。
 特に浪江の復興を見つめていきたいと感じた。
福島はこれからも原発というものを抱えた、特殊な被災地だから。私達だって伊方を抱えているのだから、まったく他人ごとではないのだから・・

浪江町視察

 「朝9時にはホテルを出て予約していたレンタカーに乗り込み、いわき市防災士会のメンバーの佐藤氏の運転で助手席には藁谷氏がスタンバイして浪江町に行くまでガイドとナビをしてくださった。まずは何か所かいわきの観光を組み入れてくださって、国宝白水阿弥陀堂に立ち寄りハスが見事に咲いている立派な庭園を少し回ってお堂の中で阿弥陀如来や左右の菩薩像など木彫りの彫刻仏像に手を、お堂にわたる橋の欄干で集合写真を。ハスの花もとても幻想的。」
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 そのあと塩谷崎灯台と美空ひばり記念碑に行き、その碑前に立つとみだれ髪が自動的に流れるのだ。津波はその前の海岸べりから今の盛土のところまでやってきて、住宅破壊や人々の生活を奪った。今はそのエリアはほぼ公園になって、住宅は建てれないように規制している。そこから高速大名行列のロケ地になったところや、いわきハワイアンリゾートの敷地エリア付近まで行ってフラガールのモデルとなった皆さんの活動に施設が津波で壊されても頑張って慰問を続けたという話などを聞き、本当に大変だったんだなとつくづく感じた。
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 その後、一路浪江町へと車を走らせ12時前に浪江の役場に到着。今日は土曜日でお休みでもあるし、ちょうど前町長の急逝によって新町長の選挙が明日にあるという事で期日前投票場にもなっていた。ただそんな折でも2階会議室入口には歓迎の案内板があって嬉しかった。
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 約1時間昼食のお弁当を食べて、今日回る街のことについて総務課の吉田係長からしっかりレクチャーを受けた。次から次へと質問が飛び出すものだから、なかなかお弁当が食べにくそうだった。
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 もともと2万1千人の住民のいた町が、福島第1原発の津波後の爆発によって放射能汚染でとくに北部の山間部の除染が遅れ南部のエリアは期間解除になっていたがまだ1000人弱の人しか戻ってきていない。
 せっかくリフォームした小・中学校も1200人のキャパに対して小学生8人、中学生2人の計10人しか戻ってきていない。また認定こども園も20人ぐらいの子どもたちしか帰っていない。圧倒的に高齢者の帰還の割合が高く、人口バランスもそこにあったコミュニティも完全に壊されてしまった状態に。今の私たちには想像もできないような難しい問題を抱えているのだ。
 吉田さんには役場を出て車に同乗してもらって、比較的放射能濃度の低い場所で車を降りて新しくできた汚染ごみの焼却場についていろいろ説明を受けた。
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 放射能で汚染された物を焼却したものの、灰もまたそのまま放置することはできないので黒い袋に詰めて別の特定場所に積み上げていくしかないので、大型トラックがひっきりなしに走っていて車窓からもその山積されたものが白い壁越しにちらちら見えた。
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 遠目であったが半島越しに第一原発の円筒のようなものが並んでいる部分が見えた。まさに双葉町や大熊町がまだ機関許可が下りない除染そのものもできない場所が多いところがその麓にあるのだ
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 家はそのまま放置され荒れ放題、田んぼもそのままにしておくと柳などの木々が生えてまるで雑木林のようになっている。イノシシの格好のすみかにもなっているらしい。
 また人の立ち入らない場所は治安が悪く、盗難も結構あったらしく今もパトカーの巡回が多いらしい。
 約1時間ほど車で回った後役場に戻ってきて、そこでメンバーの一人が作った千羽鶴を贈呈して吉田氏とは集合写真を撮ってのちお別れした。
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 さらにいわき市の防災士会のメンバー3人ともインター入り口付近でお別れし、私たち5人は小国さんの運転で仙台まで約1時間半のドライブをして、午後4時45分ごろに到着。
 レンタカーを仙台の支店に返して、そこから徒歩でホテルに。チェックインした後菊池氏のお迎えまでちょっと休憩。奥様のみゆきさんがホテルまで迎えに来てくださって、6時半にはいつもの河童亭に。そこにはリオンの絵本の関係者の黒田さんや林さんも来てくれて合流。久しぶりの再会に9人は楽しい懇親会に。仙台名物ホッケの塩焼き、ホヤみそなど美味しいものがずらり。今日の重い浪江の現状を知る研修から、明るい仙台の仲間たちとの飲み会はよく知っている人たちというリラックス気分からつい飲みすぎにならないようにと思いつつもつい進んでしまった。
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 さあ明日はまた午後から荒浜中心の研修をすることに。午前中は自由時間という事にした。仙台七夕祭りの準備の様子を見るもよし、半日観光も良しで、私と小国さん、他の3人は青葉城など観光に。

福島・仙台視察へ

 「今日から2泊3日の福島、宮城にかけての被災地視察研修に出かける。女性と防災の会のメンバー4人とその友人1人の計5名の珍道中が始まる。私と近所の友人愛さんは彼女のハズさんの車で空港まで送ってもらい、午前7時過ぎには到着。荷物を預けに並ぶのに、渡したはずのチケットがアレっ?という騒動もあったのだが無事解決。何やら最初からいろいろありそうな予感が・・・。9時半には伊丹空港、ここで乗り換え福島空港へ。11時45分には到着。初めての空港だった。やたらウルトラマンや怪獣の大きな像が何体もあるのには驚いた。これらの生みの親である円谷プロの社長の実家がこの近くにあるそうで、ご当地自慢ということらしい。つい私もその像の間に顔を。」
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 1時過ぎに下の階に降りると乗合タクシーの予約をしていたので、ドライバーさんが私の名前を書いたカードを持って探していたのですぐわかった。
 2人と3人に分かれて2台でいわき市のワシントンホテルまで約1時間15分かかるのだが快適に移動できた。車中では東北訛りのご当地トークを聞きながら私はさすがにうつらうつらと・・
 午後3時にはホテルに到着。それぞれの部屋に入って休憩後、フロントに45分後に集合。一人は明日のレンタカーの件でその確認に行き、私たち4人は少しいわき市内を散策。ミンミンゼミがなく木々の下を通り抜け、暑いけど木陰はさらっとした風が吹いていて、なんだか心地よい。しばらく行くと庁舎や保健センターや児童館などがあって、その向こうに大きな美術館があり、ちょうどブルックフリーナーさんのミッフィーちゃんの絵本やポスター展をやっていて、暑さしのぎもかねて中に入って、しばし童心に帰って楽しんだ。
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 午後5時ごろホテルに戻り、5時45分にフロントで今回の福島被災地めぐりの案内役をして下さる県支部の藁谷氏と初めてのご対面。想像していた方よりずっと若くて素敵な男性だったのでみんな俄然元気が出てお話を聞いた。
 そのあと彼の行きつけの寿司屋さんで食事会を。そこでまた明日からの予定について事前に作成されていた資料を配られ、それを見ながら15分間のミーティング。
 その後は三陸沖で獲れた大きな生牡蠣、ウニやイカニンジンなど郷土料理など参秋の珍味に舌鼓。6年連続金賞の広戸川という御当地銘酒も美味で心のこもったおもてなしに恐縮だった。
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 9時過ぎにお開きとなって、明日の出発に向けしっかりと体力補給と準備を怠らないように約束して別れた。
 明日の出発9時に向けしっかり睡眠をとって、今日の足の疲れを取っておこう。

体調管理に注意

 「今日も暑かった。屋外駐車している車を運転するときはハンドルまで熱くて握れない時もある。日本中を覆っている高気圧が二重になって、重くのしかかっているようだ。そのため明日も日本列島全体が平熱体温よりも高くなりそうだ。そんななか明日から行く福島・仙台もなんとこちらの気温よりも高い状態を維持して、ちなみに予想は36度になっていた。本当に過酷な研修になりそうだ。体調管理をしっかりしながら迷惑かけないように心引き締めて頑張ろう。」

 今週末でほぼ備ニュースの原稿も入って割り付けレイアウトも完成し、明日私はいないのだがあとはスタッフと自主防の防災士さんたちに任せて出発だ。
 そのためしっかり準備をして明日に備えたい。頼まれている議会運営委員会の秋の研修についてもほぼ行く先なり、相手の意向打診もしないといけないので、そのための資料を事務局に渡して連絡を取ってもらうことに。庁舎の周りはすっかり3日の夏祭り前夜祭や4日の本番に向けて、着々と準備体制になっていた。暑いなかの準備活動なので、関係者も大変だ。ただ私はこの祭りには参加せずに東北被災地視察に行くのだが・・・
 ラブちゃんはこの暑さの中留守番させるのも忍び難く、みつももさんに預けることに。5日にはお迎えに行くからね。
 さあ明日の出発は早いのでそろそろ休もう。しばらく視察研修のためブログとはバイバイだ。行ってきま~す。
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備ニュース編集もあと少し

 「今日から8月。台風前後で少し暑さが和らいだものの、今朝からまたもや強烈な猛暑だ。全国的にも熱中症警報が出て、なんと全国の救急搬送の熱中症関係の人が7月だけで去年の1年分ぐらいの人数を超えているらしい。いかに今年の暑さが異常かという事を物語っている。とはいえ事務所の中でエアコンを利かしてデスクワークしてる時はいいのだが、一歩外に出ると一挙に汗が噴き出る。夕方7時過ぎでも明るいため、なかなか気温が下がらない。やはりエアコンなしでは眠れない熱帯夜になっている。明後日には仙台のほうに行くのだが、今日はその仙台でも38.5度となっていて、これは記録を取り出して観測史上初めての高温だったとか・・・せめて私たちが行く4日から5日にかけては、もう少し涼しくなることを願うばかりだ。」

 午前中は備ニュースの発行のため、持ち寄った原稿を紙面に割り付け言葉を整理して読みやすく、また見やすいものに仕上げていく作業を。
 熱中症対策も大きく取り上げて記事として発信させていくつもりなので、いろんな分野の資料を集めまとめて行った。
 仲間の防災士が事務所に来て再度変更要請もあったので手直ししたり、ほかにも地域の人が来たり結構バタバタした午前中だったけど、昼食は前のコンビニさんのおにぎりで済ませ少し休憩。
 2日後には視察研修というのに、また歯の調子が良くない。食事をするときに神経にピリピリ来る時があって困ったものだ。
 午後からは、今度議会運営委員会で行く政策立案の先進事例地としていくつかピックアップしているところにアプローチしていかないといけないので中身の検討をして、また事務局と相談しないといけないので、それらを確認して行った。
 パソコンの調子もいまいちなのだが、こちらもこの暑さで全体的に体調は万全とは言えないが、ここまで準備してきたのだから、それなりの成果をつかんできたいと考えている。
 帰りにクリーニング屋によって、洗濯物を出して出来上がったものを持って帰って、部屋に持っていく・・・この作業だけでも汗が出る。あ~もうちょっと涼しくなってほしいな・・