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~松前町の明るい未来を目指して~   ワクワクレポート+α

ワクワクレポート仕上げに向けて

 「今日で7月が終わる。東京行から始まった今月は県外に出ることの多い、本当に忙しい毎日だった。何とかこの暑い中、体調も壊さず頑張れてこれたのは、しっかり食べてきたからだと思う。やはり食欲が落ちてしまう暑い夏のエネルギーの源は、食事にあるのでしょう。ただ体重は減りません。むしろ増えたのでは・・と思うくらい。その分支える足や腰に不具合が生じており、長い間歩くと足の付け根やひざが痛くなってきます。普段の車生活とデスクワークの日々を反省しております。」

 今日は事務所にてワクワクレポートの仕上げに掛かってます。
 仙台他、 被災地視察研修の分をスペースを取って表記する予定。
 一般質問の分も何とか入れ込んで、夕方には残り少しとなった。
 夕食後、近くの稲荷神社流宮さんの夏祭りに出かけ、境内で行われているカラオケ大会を横目に友人たちの夜店に立ち寄り、おしゃべりを。
 蒸し暑くて冷たい飲み物がやけにおいしく感じるひと時だった。
 汗だくで帰宅すると、懐かしの昭和の歌謡曲、特に阿久悠さんの作詞した歌謡曲がいくつも紹介され、つい自分の青春時代と重ね合わせてテレビの前にくぎ付けになった。
 ただつけっぱなしでグ~グ~寝ている夫を観ると、現実に引き戻された気分になって、愕然!
      ショック

快適になりました

 「今朝も猛暑の気配。午前9時過ぎには30度を超えている。家の中でもエアコンや扇風機がないと耐えられないような暑さ・・。午前中に通販で頼んでいた洗剤が来るので待っていたら、11時半ごろ届いた。また午後からは故障したエアコンの取り換えと4Kテレビの設置をすることになっていたのでデオデオさんが12時過ぎにやってきて工事を始め、午後1時過ぎにはテレビのほうも取り付けてくれた。昼食はまだだったけど、午後2時にはようやくエアコン工事も終わったので、それから簡単なランチを。」

 やっとダイニングルームのエアコンが新しくなって、気持ちよく快適空間を作り出してくれた。また4Kテレビは55型で少し大きくなった感はあるが、さらに薄型になったので圧迫感はない感じ。前のテレビは知り合いにあげることに。明日取りに来るとのこと。
 夕方には夫も帰ってきて、工事はみな済んでいたので、
ちょっとびっくりしていたが快適さには満足していたみたい。
 明日は地域の流れ宮さんの夏まつりだし、
お札を納めに行こうっと。
 今日はその型紙を枕の下に入れて、就寝して持っていくのだ。
ご利益あることを祈って休もうっ
と・・・

リフレッシュして

 「この3日間に洗濯物や洗い桶など少し家事がたまっているが、夫もこの間2日間東京に行っていたし、ラブも今朝迎えに行ったりでさほどのものではなかったが、とにかくなんだか体がだるい。やはり東北は涼しくて風が秋風のような爽やかさを感じる気候だったため、暑さがやはりこちらとは違って過ごしやすい部分があったため、こちらに戻ると極端に暑く不快に感じる。クーラーがないとたまらない感じがするのでやはり、外には出たくない感が大きい。」

 朝からラブを迎えに行くと、動物病院さんが一日おくれの予定と思ってカットができてなかったので、夕方再度お迎えに。
 午前中はブログや資料整理やらで、ほとんどデスクワーク。
 
来週にはワクワクレポートも仕上げなきゃならないし、本当に忙しくなりそう。8月3日から5日にかけて神戸・西宮に議員防災士協議会の視察研修に出かけるので、その準備もあるし夏バテしないように体調管理はしっかりやっておかないと・・・
 夜は夫と夕涼みがてら、市内に。
もう歩くとすぐ足がつらくなるので、半分くらいで適当に居酒屋さんに入って、おいしいお酒とお魚でなんとか体力カバーを。東北の魚もおいしいけど、瀬戸内もいいからね。そのあと知り合いのスナックでおしゃべりしながら、明日への鋭気を養い、暑い一日は終わった。

仙台 最終日

昨日のハイテンションが少し残っていたものの、今日はいよいよ最終日。5人は3人と2人に分かれて、午後3時に仙台駅で待ち合わせということになった。建築士2人は松島のほうに観光と耐震住宅の勉強をしに出かけ、私たち3人は午前中はうみの杜水族館に行って冷を摂り、童心に帰ってアシカとイルカショーなどを楽しんだ。そのあと1時より葬祭業の花祭壇に行って、東日本大震災で大量に出た犠牲者のご遺体をどのようにその尊厳を保ちながら遺族へと繋いでいったかという大変重く辛いお話を聞きに行った。」
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 水族館から仙台駅に戻るのに時間がかかって10分遅れで葬儀社にたどり着き、事前に準備されていた資料に基づいてお話を聞くことができた。
 普通、市内で亡くなる人が一日8人くらいのところ、一挙に毎日60体ぐらいがやってくる。急遽それらを安置する場所が必要になり、県内で23か所で対応することになったとのこと。またいくら寒い時期とはいえ1週間もすれば遺体は腐乱が激しくなるし、津波にもまれた遺体は想像を絶するほど破壊されている。それをご遺族に引き渡すために納体袋というのを検視が済んだものから入れて、それも透明のものにするとクレームがあったので不透明にし、お棺もそろえて入れていく作業は大変なもので昼夜交代で葬儀屋総出で行ったとのこと。
 一部資料の中に現実的な写真があって、私たちも辛かったが目をそむけてばかりはいられないし、ご遺体には必ず家族やその死に至るエピソードがあるわけで、その話を一部紹介してもらっている際に思わず眼がしらが熱くなるようなこともあった。
 
その時葬儀関係各社団体と県との事前協定があると非常にスムーズに動くことができたとの話もあり、当時は中央の大手葬儀社が仕切って地元の葬儀社が全く手を出せなかったこともあったとの反省の弁もあった。
 やはり地元を使ってもらうとその地域や地方の習慣なども博してい
るし、少なくとも経済効果が違ってくるとの話もあった。よって平常時に県の葬儀社団体(協同組合)との連携協定を結んでおくことが大切だという話があった。
 約一時間半の中で、
今までとは違う視点や事象についてお話を聞くことができた点も、今回の視察研修の大きな成果ではないだろうか。
 その後、関係の防災士さんや避難所運営に携わってこられた三沢さんたちの車で仙台駅まで送ってもらい、松島へ行っていた2人と合流して、さらに空港まで海岸べりの被災地を巡りながら4時までには送り届けてもらった。
 今回も盛りだくさんのメニューをこなし、
5回目の研修視察とはなったがこの6年という時間の流れとともに変わりゆく復興していく姿から浮かび上がる新たな問題点、広がる視点、そして深まる人々との絆、いずれも私たちにとって貴重な財産となることは間違いないのだが、これからはこれをどう私たちの地域や市町に生かしていくことができるのか、どう準備しておくべきなのか・・さらに大きな重責を感じた3日間だった。
 さっそくにもこれらの資料・レポートをまとめ、
いろんな関係団体につなげていく働きかけをしっかりやって行こうと強く思った。見て感じたことを自分の中だけにしまっておいても意味がない。これを多くの人に投げかけ、またそれらに何かを感じた人々が次の行動をとっていく。その手助けができれば、このたびの研修の汗も意味深いものになるだろう。
 
5時半のフライトで大阪にそして20分遅れの午後9時には松山へと帰り着いた。
帰宅後は荷物の片づけをしながら、
さすがにどっと疲れが出てきて、ブログも明日からの休日2日間で書き上げることにした。

仙台被災地の今(2)

 「昨日は早めの就寝で疲れも取れたのもあって結構早く目が覚めて、せっかくだから朝湯に行こうと思い露天風呂にトライして気持ちよく朝食を食べた。その後、おさかな市場を除いて新鮮な捕れたてのお魚をたくさん見ることができたが、それを自宅にクール宅急便で送ってもさばいたり料理しても今は二人だし、もったいないだけだと思って止めた。」

 さあ気仙沼のホテルから一望できる玄関前で写真を撮って、美人5人組(?)の視察研修は2日目に入った。
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車は気仙沼市内から海岸べりの岩井崎の突破しまで歩いて、そこから覗いてみると大きな波が岩の重なりにぶつかって、ものすごく高い波の柱ができ上がって高潮のようになっていた。この辺りは松が何本も残っていて、奇跡の1本松どころではないほど生えていた。津波によって形が変わってしまった象徴的な松も記念に残されていた。
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 そこから一路、南三陸のさんさん市場に向かって走った。
以前に行った時の場所から移転していて、全体に大きく盛り土されたところに多くの店が立ち並ぶ長屋のような商店街になっていた。
 
真ん中に特産物をその場で食べれる食堂街もあって、多くの人がここにやってきていた。私たちはそこでお土産をいくつか購入し、食事はそこから少し離れたホテル観洋で、うに丼、いくら丼、牛たんシチューなどを楽しんだ。
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 気仙沼は港がすでに操業し、陸揚げされた海産物、
それらの加工品、行きかう人も多く、復興住宅ももうすでに多く建って、人がだいぶ戻ってきているなと感じた。
 そこから石巻に向かう。少し時間的余裕があったので、
大川小学校被災地にも回ってもらった。
 ここは発災後6か月後に来ているのでその時の印象が強く、
今は停止線ロープが張られ、そばに慰霊碑が立っていた。結構多くの人が来ていて、学校関係者のような教師たちのような人たちも多く来ていて、手を合わせていた。
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 少し回り道した分あわてて石巻へと向かった。
石巻街歩きコースを復興プロジェクトのNPOグループがやっている。それに1時間コースとして3時から申し込んでいるので間に合うように走ってもらって、なんとか時間までにスタート地点の建物まで行くことができた。菊池さんはそこで私たちを降ろしてまた1時間後に来てもらうように言って、電話するということにして別れた。
 未来サポーと石巻のスタッフの方に説明を受け、
各人が首からタブレットをぶら下げて、約1時間石巻の中心街を歩いて回った。タブレットの中にすでにいろんな情報、特に被災直後の様子、その後、そして未来図などが入力されていた。いろんなポイント地点に合わせてそこに移動しながらスタッフの説明を聞きながらタブレットを動かしていくと、震災直後の様子とその後の復興状態などがよくわかるようになっていた。
 また当時そこで被災し助かった人の証言として生の声なども収録し
ていたので、リアル感もあった。
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 約1時間しっかり街歩きをして
当時を感じながら今を見て、時間の流れがよくわかった。このような取り組みはここが初めてだったが、ほかの地域でもこういうのがあるとわかりやすいなと思った。
 
さて迎えに来てもらうように菊池氏に電話をしたが一向かからない。私ともう一人の彼女の電話で交互に何度もかけてみたが約20分後にやっと通じて、疲れがどっと出たが本人はマナーにしていて気づくのが遅くて、石ノ森章太郎館でゆっくりしていたみたいで・・・ごめんごめんと謝りながら車を近づけ、私たちのブーイングをかわしていた。
 それからあとは一路仙台に戻っていく。ただ渋滞に捕まって、
私たちの今夜のお宿ワシントンホテルに到着したのは6時15分前。そこで荷物を入れてチェックイン、15分後にはまた道路端に出て菊池氏の車に乗って、予約してある河童亭まで行くのにまたまた渋滞に捕まって約束の時間に10分遅刻した。もうすでに以前お会いした堀江氏や中村氏、また宮城防災士会の林氏も来ていて、私たちの到着を今か今かと待って下さっていた。
 到着して久しぶりの再会に盛り上がり、
またしばらくして菊池氏の奥様も来て、さらに宴たけなわ。8時過ぎには防災士会女性部隊の黒田氏やほか2名増えて、持って行ってたお土産が足りるか冷冷したけど何とか間に合った。
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 9時前には別れを惜しみつつ、またの再会を誓って
お開きとなった。女子メンバーとしては、そのあと場所を変えて2次会をして、これからの仙台の復興について語り合った。
 私たちの仲間二人の女性建築士は、
今回の旅はとても楽しくいろんな人に会えて収穫多いものとなったと語っていたので、それだけでも来てよかったと感じた。

仙台被災地の今(1)

 「朝7時過ぎに松山空港に女性と防災の会のメンバー5人が集合。8時のフライトで大阪に、そこで乗り継ぎ仙台には11時半に到着。空港にて昼食をとり、12時半には菊池氏のお迎えを。8人乗りのレンタカーに私たち5人そして運転を引き受けてくれた菊池さんが乗り、今日・明日の2日間お世話になることでプラニングしていたのだ。さらにそれをバインダー付きでメモ欄付きで視察研修レポート用の冊子を用意して私たちに配って、さっそく海岸べりの荒浜小学校の遺構を見に向かった。」
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  3年前にここに来たときは外からしか見れなかったが、すっかり遺構として保存され多くの人に津波の恐怖やいろいろな教訓を残して建っていた。私たちはこの場所には3・11後、半年、1年後、3年後とやってきて今回は5回目だ。
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 この屋上で児童・先生などがヘリで助けを待って頑張り、全員無事だったという事実がある。津波は校舎の4階近くまで来たという。周りは海、冬の寒風にさらされ救助を待ったという。その周りの景色は堤防と震災記念公園とするため盛土やモニュメントなどで、家は無くなりすっかり変わってしまった光景が広がっていた。
(荒浜記憶の鐘)  P1110220 (200x171)
 そのあと一路、陸前高田に向かった。宮城県から岩手県に入るわけだから高速を使って途中何回かトイレ休憩をしながら、また車窓から復興状況を確認しながら目的地に向かった。
 目的の奇跡の一本松のところまで行った。だが残念なことに、本物の松は震災後塩水と風雨で枯れてしまったが、住民の強い思い入れで複製をしたものだった。
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 しかもそこに行くまでには誘導路が作られていて、周りは工事車両と盛土の人工的な山と台地だらけで人の住んでる気配がない。大方の人々は、みな周辺の市町に移住しているようだ。ここが完全に住めるようになるまで、あと何年かかるのだろうと思われる。そのころには人が戻ってくるのか、かなり疑問だ。
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 そのあと気仙沼のほうに戻っていくような感じで途中、一関市やいろいろな街のようすを車窓から見ることができた。やはり震災後6年はたっているが、いまだ人が戻ってきている感じではなく。復興マンションや共同住宅のほうも満室ではないようで、まだ活気を取り戻すには至らないようだ。
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 気仙沼に入ると漁港が再開して、かなりにぎわいを取り戻しているような感じで、今日泊まる気仙沼プラザホテルには平日にもかかわらず結構人が泊まっていて団体客も来ていた。
 温泉もかなり塩分が濃くてぷかぷか浮きそうな、結構べったりしたお湯って感じだった。夕食は海の幸・山の幸三昧で本当にいろいろな食材がコラボしてお酒もおいしく旅の疲れも取れた。
 9時前にはお開きとなって、それぞれの部屋に戻って、もう二次会もせずにお休みタイムに。私も朝が早かったせいか、11時過ぎには就寝し旅の疲れが心地よい夢の世界に誘ってくれた。

町村議会議員研修

 「今日は午後1時30分から道後のメルパルクで愛媛県町村議会議長会主催の議員研修会が開催された。午前中はラブを動物病院のホテルに預け、家の勝手口周りのリフォームの業者さんとも打ち合わせ。明日早くに出発する仙台行の視察研修の荷物の準備をしたりして、12時過ぎに車が迎えに来るまでバタバタ準備していた。」

 研修会の内容
 13:40~15:00 講師 ジャーナリスト 長谷川 幸洋 氏
 【激動する世界~日本の針路を考える】
 安倍政権の今後について長谷川氏自身の考え方で終始一貫して支持の立場で政局を中心に独自の考えを紹介し、世界情勢を踏まえて中国・ロシア・アメリカ3国の協定できた挑戦の封じ込みを期待しながら、日本単独ではどうにもならない現実的な話。
 また今からポスト安倍は誰かとか・・。小池さんの国政ファーストから今後どう動いていくのかなど、かなりきわどい極端な考えも展開。
 日曜日にやっている南海放送「ここまで言って委員会」のレギュラーとして、いつも言いたいことを言っている方という印象はあったが、かなり安倍さん支持の立場で前川氏の批判ほか実名入りでバンバンご自分の独特の分析をされるものだから、もし本人が聞いたらどう思うかなと心配す
るぐらい過激な言い切り状態だったので一つの意見として拝聴した。
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 15:10~16:30 講師 順天堂大学名誉教授 奥村 康 先生
 【不良長寿のすすめ】
 とにかく面白い話。人間真面目に生きると早死にすると・・・たばこを吸って人の悪口をいっぱい言って高笑いしながら、あまり細かいことを気にせず生きていると長生きするんだと・・。
 だからコレステロールや中性脂肪もあったほうがよくて、認知症になりにくい。また高血圧の数値にあまりくよくよ考えず、降圧剤の薬なんか飲まなくていい。
 ・・そういわれても私はしっかり飲んでるし、たぶん主治医に言ったら、そんな道理は通らないだろうし、必ず決められた量を飲むように言われるだろう・・
 アレルギー症状は自分の持っている免疫が自分の体に牙をむいた状態にあると考えろと。
 常識を覆す先生独自の長生き論。とてもユニークで面白かったが、たぶん学会では少数派でテレビでもオンエアーしないこともよくあることだとか。不良に生きることが長寿の元らしい・・。
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 16:35には研修会も終了。
 その後1市3町の懇親会が。当番の砥部町地元の開花亭にジャンボタクシーで移動。
 ここでは議員さんたちとの交流で盛り上がった。最近の改選で新しく議員になった人もいて、お互いの議会での情報交換の場にもなった。
 午後8時過ぎにはお開き。
 午後9時半には夫も帰ってきた。ラブちゃんがいない静かなリビングに、夫の風呂上がりの居眠りいびきが響いていた。

基本条例作業部会

 「猛暑の続く毎日。湿度も高くて本当に具合が悪くなりそうな暑さ。午前中からエアコンに頼らないと生きていけないよ・・。ラブちゃんも板張りのフロアか玄関の冷たいタイルの上に寝転んでじっとしている。今日は勝手口周りのバックヤードのリフォームで、物置を移設したりエアコンの室外機を移動したり、コンクリートを流し込む部分の鋤針をしたりで、業者の皆さんが汗だくで作業している。冷たい飲み物の差し入れはしたものの、本当に外仕事は大変だと思う。明後日から仙台気仙沼、石巻などを視察回りするので、29日にはほぼ出来上がるらしいので楽しみにはしているのだが・・」

 朝9時半より作業部会Aグループが集まって、7月末に議長に提出する一問一答方式の内容と議会報告会について試案を出す予定だ。とりあえず9月議会に間に合わせるためにも、早めの中間報告を出しておきたいので、11時にはBグループさんにも参加してもらってすり合わせを行った。ただ向こうのグループはまとめ役のおひとりだけが来られてて、もう一度総括しないといけないが何とかつじつまは合わせることができるだろう。なんでも早めにやっておかないと、あっという間に時間は過ぎてしまう。効率よく頑張ろう。
 昼食に帰宅すると、物置の移動場所の位置チェックやエコキュートの配管の水道管をなるべく移動で通る同線の邪魔にならないようにその工事もやってしまうので確認してほしいと言われ、暑い中や部屋の涼しいところを出たり入ったりしていると、3時以降事務所に帰って仕事をしていたら急におなかが痛くなっていて・・・やっぱり熱中症の一歩手前だったかもしれない。
 夕方には買い物ついでにお薬も買って、何とかおなかも治まった。明後日からの仙台行の準備もしておかないとね。本当に暑い1日でした。

防災士スキルアップ講座

 「朝からうだるような暑さに閉口しながら、何とかエアコンもつけずにと頑張ったが、やっぱり10時ぐらいにはもう厳しくて、つけてある程度快適にしないと仕事も捗らないし、ちょうど昨日の給湯の件で業者も来たので、ちょうどよかったかも・・。心配したエコキュートも順調に動いてお湯の溜め込みもしてくれたので、お湯がちゃんと溜まるようになって、ほっとした。」
   
 午後からは勝岡町にある県の消防学校にて夕方17:15まで缶詰状態で、防災士スキルアップ専門コースの特に防災マップ作成ワークショップや個人災害カード作成、要配慮者の避難対策など、それぞれの項目に分けて学習した。
 最初の授業が特に部屋のエアコンが聞かなくて
地獄のような暑さで、しんどかった。
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 最初から7人グループ分けになった形で座席が決まっていて、
私の両脇ともう一人の方が松前町の防災士だったので顔見知りが多くてとってもアットホームな感じで始まった。
 ほかに四国中央市の看護師さんや久万高原町、
東温市から参加の方がおられ、いずれの方たちも皆それぞれテキパキと行動され、最初にリーダーを任された私としてはとてもやりやすかった。
 2時間かけて高浜界隈の地図を基に、
大津波が来るという想定でどこへ避難したらいいのかを見極める、防災マップの作成作業をグループ全員で手分けして行った。みなさん特に支持なくても自分で次から次へと大きな地図に書き込んでいく。本当に手際よく幹線道路、危険な津波浸水地域、山間部のがけ崩れや崩落危険地域なども書き入れ、一時避難場所、指定避難場所、トイレや車いす対応のできるところ、公衆電話、AED、防災無線のある場所などいろいろな重要事項が書き込まれ、最後には仮に海岸端の住宅から最短の避難所への距離なども測ってみたりした。
       
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 そのあとの個人災害カードの書き方は、
説明が簡単すぎてよくわからなかったし、ひな形みたいなものを最終的に例示で出してもらえたらもっとわかりやすかったのでは…と感じた。
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 最後に別府市から来られたよう配慮者の避難対策の授業は、
かなり早口でパワーポイントの資料もなくて細かい字で表示されていて、ポイントはここというものがなくて全体に印象が薄かった。
 後日資料を送るとのことだったので、
それが来た時に読み返して理解を深めたいと感じた。

 予定通り17時15に終わって、すぐに帰宅の途に。
 
というのも今晩18時半にバドミントンの仲間と東京第一ホテルで納涼懇親会なので、何とか18時10分前に帰宅。車を置いてすぐにタクシーに乗って駆け付けた。
 おなかも空いていたので、それにしっかり学習した後は、
ビールもおいしいね!
            乾杯!

慌ただしく

 「今日は朝から自宅バックヤードの勝手口付近に屋根を付けてゴミ出しや外の物置への出入りに雨がかからないようにリフォームするための工事に入った。業者さんたち5人ほどが汗をいっぱい掻いて物置の移動やエコキュートの移設のための管の掘り出しなど、この季節が故の過酷な作業で本当に大変そうだ。いったん事務所に戻ってワクワクレポートの原稿を書いたり来客対応などで、お昼になって、いったん暑い家に戻って、お風呂の水温などを確認するため業者の人とともに満水にしてチェックした。3時過ぎには広報の件で、印刷やから戻ってきているので事務局とともに最終チェックに行かなきゃならないし、本当に忙しい日だった。」

 印刷前の最後の構成だが、まだかなり間違いや色校正や支持通りになっていないところがたくさんあった。印刷上がってくるまで心配が絶えない感じだ。
 4時半ごろ庁舎を出て、予約していた毎月の定期検診の病院に行って、主治医に足のむくみやだるさが気になるので血液と尿の検査を申し出たら、すぐにしてくれた。
 約1時間ほどで分析結果が出るので待っていた。結果的には、どこも悪い数値は出ていなかったのでほっとしたが、やはり年齢とともにいろいろ体のあちこちに不調が見つかってくる。仕方ないかも・・
 夜はゆっくり一人なのでマルヨシで帰りに買い物して帰宅。なんだか暑さもあってか、つかれたって感じだ。それでお風呂に入ろうと思って給湯のスイッチを。なんと水しか出てこない。
 しばらく様子を見て流しっぱなしにしてもやはり水だ。これでは頭も洗えない。ショック。すぐに業者に電話をして、明日朝8時半には水道の業者が来て、修理をしてくれるとのこと。よかった
 この暑い夏に、風呂に入れなんて最悪だからね。

ワクワクレポートは?

 「今日はついに梅雨明け宣言を聞き、1年中で一番暑さの厳しい時期に入った。昨日までの研修の疲れもあって、昨晩中にブログ更新ができなかったので事務所にてパソコンに向かってレポートの整理のための備忘録を作成。さらに3時頃には庁舎にて委員長と一緒に議会だより6月号の最終校正。一般質問の原稿にはいつも冷々させられるが、今回も何とか滑り込みセーフになりそう。子供たちは今日から夏休みだけど、私たちにはまた忙しい日常がやってくる。暑さに負けず頑張ろう・・」

 議会だよりについては明日最終校正の仕上がったものが上がってくるので、それをさらにチェックしておかないと心配だ。
 
午前中には私のワクワクレポートの4ぺージにみんなのページという項目があるが、そこに今回文章を書いてもらう友人がその原稿もって来てくれた。
 このレポートの発行にはまだ時間がかかりそうだ。
これも頑張らなきゃ。でも絶対的な時間が不足しているのも事実。あ~大変だ。

FM研修(武蔵野市)

 「今日は朝から曇り空だが蒸し暑い。ここは新宿ワシントンホテル。朝9時には、今日の研修先の武蔵野市に向かう。10時半という約束には少し早いので駅前でコーヒーブレイクして時間待ちをして、それでも少し早目の10時15分には先方の庁舎に。古い建物といわれるけれど、大きなホールや床のタイルも市の航空写真をモザイクのようにしてデザイン化されていてモダンな感じがした。ここの議長は女性議員だったし、26人中10人が女性議員というのもすごい割合だ。昨日の研修先の佐倉市とは好対照のFMの取り組みについて話を聞いた。」

 武蔵野市は、松前町の半分ぐらいの面積に14万人が住まいする非常に人口密度の高いところで、東京23区の隣で新宿まで電車で15分の本当に便利な場所で税収も潤沢で財政指数1.4のまさに不交付団体。
 FM導入前の平成10年ごろまでは、施設の運営・
管理はすべて施設主管課の権限、建設課は施設主管課の要望に基づき見積もり、設計・監理などいわゆる受託業務だった。
 これでは計画的な施設改修ができないし緊急時に素早い対応ができ
ない。その後決定的な二重改修工事などがあって、一元化、横串、俯瞰的というキーワードが生まれた。
 「計画的施設整備」という考え方の導入、
建築課に担当者2名配置、その後庁内検討委員会及びワーキングによる検討→報告書作成
 その後施設管理のためのシステム開発、
組織改編による体制づくり、さらには保全整備の予算化、長期修繕計画を作成、そこに残存不具合率(FCI)の考え方を導入している。
 約2か月かけて各施設の劣化カルテを作成し、
数値化することによりその必要性への説得がスムーズに。議会や住民に対しても、市長への説明補助資料にもなる。
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 現在「施設送料の見直し」をかけている。
そのためにFMデータの見える化をして量の見直し、質の見直しをし、さらにコスト縮減、CO2の縮減などで将来の施設群が予想される。
 公共施設再編に関する基本的考え方もしっかりと見えてくる。
 ①市民生活を支える施設サービスの安定した供給
 ②時代のニーズに応える湿雪サービスの提供
 ③新たな都市文化を創造する場の提供
 
そして公共施設総合管理計画策定組織を作り、各部会で全庁的な共通認識を持ってもらうように進めている。
 ここが佐倉市との大きな違いといえる、
ボトムアップ方式のFMの取り組みなのだ。

 まさにここでも2時間の研修を終えて、
二つの大きなFMの手法の違う先進地で学ぶことができ、本当に財政規模が全然違う松前町ではあるが、根本となる考え方は十分、わが町の行政にも生かせるところはある。その部分につなげていくプロセスが必要だろう。できることからやって行きながら、FMデータの整理やコストパフォーマンス、環境ESCO、専門職人材確保、コンサルに頼
らずに職員でもできるシステム化、我々議員としてもしっかり学びどういうやり方が松前町に向い
ているか、何から始めていくのかなど行政に問いかけながら推進していきたい。
 今回の研修は本当にいつも以上の実りを感じる研修となったし、
議員各位も同じようにいろいろなことを感じてお土産になったのではないだろうか。
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 研修後、昼食を2時ごろ東京にて摂り、4時には羽田に、
6時半には松山に戻ってきた。暑くて「熱い研修」だった。

FM研修(佐倉市)

 「朝早くタクシーのお迎えが来て、7時前には空港に到着。事務局が早めの招集をかけたため、かなり時間の余裕ができた。検査場を通って中でコーヒーブレイクしていると、町長とまちづくり課長が同じ便で国への陳情出張へ行く途中と聞いた。私たちは羽田から京急で千葉県の佐倉市に向かった。今回の総務産建常任委員会の研修は、公共施設管理計画を立てるうえでそのベースに考えておかなければならない経営管理手法として、FMがあるのだが、それを勉強するため先進地である佐倉市と武蔵野市を訪問するのだ。」
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 FMはファシリティマネジメントの略語で、ラジオ番組ではない。
 ファシリティとは施設とその環境という意味でとらえ、組織全体に及ぶファシリティを総合的に把握しライフサイクルでの全体最適を目指すことが、無理、無駄がないコントロールへとつながると考える手法だ。
 FMの効果は、以下のとおり
 ①不要、不足な施設、不適当な使われ方の施設が明確になり、経営にとって最適な施設のあり方が示される
 ②施設の改革により経営効率が最高度に向上。
 ③施設に係るコストを最小限に
 ④視閲利用者にとって快適、魅力的な施設の実現
 ⑤省エネの実現、環境問題にとって効果的な解決手段
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 なぜ佐倉市が、いち早くFMを取り入れた背景は・・・次世代の負担軽減が大きな目的
 平成20年9月に7つの実施方策を提言し、銀行マンの経験の長かった首長の理解と絶大なバックアップの下、ファシリティ情報のデータベース化、分析評価、横断的検討規模の適正化にいち早く手を付けることができたというのが大きな特徴だ。ひいては職員の意識改革の推進、更には議会や住民の理解も徐々に深まり、広げることができたとのこと。
 施設白書もコンサルに丸投げではなく、職員で作成し、H21年から毎年更新で公会計データとの連携によるLCC算出に繋がって、白書の存在意義の変革にも関わっていった。
 更にその実践例の紹介として、以下のような提案を聴き、目から鱗状態に!
 ①保育園改築事業にまつわる公園との土地交換により仮設園舎約2500万円の削減
 ②耐震補強工事を抱えた小学校の4棟中2棟を集中して建築(総量縮減)で6000万円の予算縮減
 ③消防署分署の耐震補強工事の減築設計の提案で約6400万円の削減
 ④ESCO事業導入、事業成果の報告書を年1回発行→効果の見える化
 ⑤施設統合に大学連携で公民館改築の係る基礎調査を
 ⑥市有財産の一次貸付の事例→庁舎内の自販機設置、広告付き地図掲示板など
 ⑦学校プールの老朽化に伴って民間プール活用でサービス向上(官民連携)
 他にもいろいろな事例をパワポで紹介され、これからの行政運営について、議会の立場として、住民の生活向上だけでなく未来についても包括的思考で活動していかなきゃならないと強く感じた2時間だった。
 今回は随行に財政課長も来てもらったので、この研修が別の意味でかなり深い意識改革と今後の庁内での変革寄与についての重責を感じられたのではないだろうか
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暑さにメゲず・・!

 「今日は海の日。こんなに暑ければ海でも川でもプールでも飛び込んで涼しくなりた~いと思うところだが、そこに出ていく道中が暑いしテントでも張っておかないとそこから出てきても暑いことには変わらない。となるとお風呂に冷水を張って顔だけ出して浸かって過ごすというのも・・・なんだか侘しい。やはりエアコンで快適空間を作って過ごすほうがいいのかな。とはいえ外でお仕事している人たちや、グランドや体育館でスポーツしている人たちのことを考えると贅沢は言えないか・・・。」

 今日も全国的に猛暑日になっている地域が多く、あちこちで熱中症で救急搬送される人が多かったようで、3連休最後の日もあちこちでピーポーが鳴りやまなかったようだ。
 午前9時には校正原稿の件で事務所に行き、
最終的には私が提案していたものをたたき台にしてみてもらったようで、とても見やすくいい感じに修正してメールで写真も含めて出してもらったので、これでなんとか安心して明日からの研修に行けそうだ。
 
11時ごろまでスタッフとほかの部分も修正要求のあったところを直して整理し、事務局に送った。
 その後、
母のズボンやパジャマなどをグループホームに持っていき、母の顔を覗き込むとにっこり笑って何かつぶやいていた。なんだか母の顔を見ると、もっと話しができたらなとか、何が欲しいのかな・・とか分かればもっとコミュニケーションが取れれば嬉しいのにと、つい思ってしまう。
 8月7日には
定期検診で愛大病院に行くので、その時まで元気でいてね・・暑いけどホームの中は快適な温度にしてあって、よく看てくださってるので安心なんだけど・・
 夫が今日、出張から帰ってくる。韓国も暑かっただろうけど・

 明日から総務産建常任委員会の研修で、千葉の佐倉市、
東京の武蔵野市に1泊2日の予定で行ってきます。暑い道中だけど、暑さに負けずしっかり学んできたいと思っている。

ゆっくりと・・

 「今日も朝から猛暑。本当に暑い。ちょっと午前中はエアコンなしで頑張ってみようとトライしてみたのだが、11時ごろにはもう無理でエアコンの力を借りた。議会だよりの原稿が出た場合の準備をして午前中はスタンバイしていたが、その気配もないので、とりあえず夕方買い物に行くまではずっと家の中で、18・19日に研修で訪ねる先進地の千葉県の佐倉市、東京の武蔵野市のファシリティマネジメントや公会計への取り組みなどについて聞いておきたいことが多くあるので、質問内容の確認をしたり用語解説を見ながら事前準備をした。」

 昼間は本当に外へ出ていったら焼け死にそうって感じだったので、4時過ぎまで家に潜んでいた。そのあと母のズボンやパジャマなどを買いにエミフルに行った。なんとすごい混んでいた。
 やはり連休の中日ということもあって家族出れも多かった。
駐車場に入るのも出るのも大変なぐらい多くの車でごった返していた。
 
夜はゆっくり一人食事をして、ウインブルトンテニス男子決勝戦を楽しんだ。チリッチの初優勝かフェデラーの史上最多の8回目の優勝かという素晴らしい試合を見ることができた。
 本当にフェデラーの強さが光っていたのが印象的だった。
おめでとう・・・
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暑くなりました・・

 「今日も朝からセミはなくし、猛暑の予感。9時過ぎには30度過ぎになって、やっぱりラブちゃんとの散歩はやめた。また10時には庁舎にて広報の正・副委員長と事務局が休日出勤という形で登庁して、議会事務局室のPC画面を見ながら2回目の校正上がりの議会だよりをチェックした。1回目の校正部分がそのまま直されずに出てきている部分もかなりあったので、今後の校正にも細心の注意が必要だ。その上遅れて出された原稿をこちらのフォーマットに直して出す前に確認をしたら、書いた通りにしてほし
いと主張されて、
まだ一冊の広報としてのバランスや読みやすいレイアウトなどを提唱してもご自分の原稿に固守されるので、今後も粘り強くこちらの意向も理解してもらうように話し合いを続けていきたいと考えている。」

 編集するのに広報委員会としての指針を合議によって出しているので、そのハードルやふるいにかけて編集している。この方向性は今回の研修でもしっかり確認しているので、その基本路線を守りながら多くの情報公開をして町民の皆さんにしっかりと読んでいただき理解してもらえるようにしていくことが開かれた議会だと思っているので。
 
明日にはまた原稿が出てくるので、それをしっかり確認していきたい
 昼からはデオデオの方に来てもらい、
故障している可能性の強いテレビとエアコンについて診てもらった。
 すると今まで空回りしていたエアコンがまた効きはじめ、
テレビも故障部分を何回か触ってきれいにつくようになったので結局原状回復したのだが、エアコンに関しては21年前の商品でかなり電気代もかかるので思い切って買い替えることに。またテレビもバックライトの故障からきているので、いつまたつかなくなるかわからないので、これも10年選手だし4Kテレビへの転換も考えるところだ。
 その後、母のところに寄ってご機嫌伺いをして、
係のヘルパーさんに母の夏用のズボンの追加を頼まれたので近々購入して持っていくつもりだ。
 帰りにエミフルによってデオデオに行って
実際にエアコンとテレビを見て、特に売り場にて説明を聞き、買い替える方向で検討し、最終的には購入することに。
 ただ納入や取り付けは7月末とした。
それまでは使えるだけ頑張ってもらうつもりだ。

日本防災士会愛媛県支部研修会

 「今日は朝からコムズにて日本防災士会愛媛県支部の研修会が開催され、10時から17時までみっちり「社会福祉施設、事業への防災指導」というテーマで勉強した。これから我々が県の社会福祉施設に防災について支援していくような形で訪問し、アドバイスしていく活動の布石となる学習会なので、みんなその責任の重さを感じつつ防災士会の活動としてはかなりレベルの高いことをするような形になったなと正直感じたが、これだけ全国的な風水害や地震が起こっている現状では、災害弱者といわれる高齢者や障がい者を多く抱える施設において十分な人的支援もない中で、みなさんにその意識向上を図ってもらえるように我々がお手伝いできるのであれば率先してやるべきことだと確信した。」
             
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 日本防災士会本部理事の橋本氏の講演後、兵庫県の防災士会より副理事長の寺岡氏が特に社会福祉施設の災害対策について、今多くの施設が防災的には決していい条件のところには立地できず、こんな危険なところに平屋で建っているなと思うようなものが圧倒的に多く、愛媛でも381施設がこのような危険性をはらんでいる。
 だから防災とは言っても実際には完全に施設ごと守ることはできない。だが防災を減災に変えることは、中にいるスタッフやオーナーの考え方や知識があればできることでそのお手伝いのために我々が出向くと理解すべきだろう。
 もちろんそのためには現地に行ったときにその置かれている危険度をしっかり伝え、避難誘導のタイミングを風水害の時なら十分早めにとることができることを学んでもらい、少なくとも利用者さんたちの命はしっかり守り、たとえ避難が空振りであっても何事もなく良かったねということで納める勇気を持つように理解してもらえることができれば、とっても意義あることになるだろう。

 夜は友人たちと例年のビアガーデンの集まりで、盛り上がった。
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 ついつい食べ過ぎてしまって、帰りに入った温泉で脱衣場の鏡の自分の姿に愕然となる自分がいた。とほほ・・・

充実も一日

 「今日は朝から梅雨明けのように太陽がサンサンと降り注いでいた。少し動いても汗ばむようなこの天候の中、散歩に行く気にもなれず…ラブには悪いけど、ここのところ散歩に行っていない。なんだか足がむくんだような感じだし、ひざも痛かったりでさぼっている・・ごめんね。午前中は事務所にてデスクワーク。」

 特に時間にせっつかれてギリギリのところで出した原稿については、もう少し整理したものがほしかったので集中してそのページを修正し、また抜けていたところを書き足したりして、自分の納得のいく原稿に近づけるように頑張った。
 午後からは久しぶりに松山の友人と会って近況報告し合い、楽しいひと時を過ごした。彼女も旅行好きなので、マレーシアにも3週間滞在したこともあって、私も5月末に行ったからその時のびっくりしたことなど話していると、その中で向こうのトイレ事情のことが出てきて日本では考えられないようなやり方に思わず閉口したことに同感して大笑いだった。
 彼女とは4時半ごろ別れて、夏用のうす手のブレザーを探していたものだから、行きつけの売り場に行って、ちょうどサマーバーゲンもやっていたのでラッキーだった。
 デパ地下で食料品も少し買って帰宅すると、夫は外食しようと待っていたみたいで、結局また松山に。行きつけのお寿司屋さんでしっかりいただいて、ちょうど夫の知り合いの弁護士さんたちも来られて、結構話が弾んで楽しかった。充実の1日だった。

校了まで頑張る

 「今日は朝から大雨が降っていたが、9時過ぎには止んでいた。ほっとしたのも束の間、雨後の蒸し暑さがどっとやってきた。とはいえ9時半より庁舎にて、広報編集会議がある。なんとか昨日も頑張って自分の担当のページ原稿は入稿していたので、編集委員さんたちとのチェックで見ていくことができる。今日原稿が出ている部分もあったが、本来的には締切日は守ってほしいものだ。当日出されると特に文章の多いものはその場で見なければならず、いろんなチェックやみんなの意見も反映させることなくドタバタで作成しなくてはならない。いいものを作るには、みんなが最低限のルールをも守らないと統一感のある広報紙にはなりにくい。より読みやすく、手に取ってもらえる広報紙を目指すには、みんなの一致した志が必要だ。私も後輩を育てていく立場になりつつある中で、このような広報の伝統や流れというようなものは、伝えていかなければならないと思う。」

 印刷業者から上がってきた締め切りに間に合ったものや若干の修正のあったものは、再度みんなでチェックして、今日出てきた原稿については家でしっかり見ることができなかったので、結局正副委員長サイドでなんとか第二弾の印刷に間に合うように形を整え、提出しないといけないので、今回昼から文化センターで行われていた社会を明るくする会の講演、特に若林氏の話を聞きたかったのだが時間がなくてできなかった。
 事務所に持ち帰ってギリギリ5時半ごろまでかかって、ようやく出すことができた。こういう地道なフォローをしていることは、締切りオーバーの面々は知る由もないだろうが・・・
 さあ明日からの短い日程で校了まで持っていかなければならないのだが、休日が三日も入ってしかも・・18・19日は総務産建の研修で県外に行くので実質今週末までがタイムリミットなのかも。またまたギリギリの攻防だ。
 明日の午前中が勝負かな。頑張ろう・・・

広報原稿

 「今日も朝から30度を超える暑さに体力を奪われそう。全国的にも猛暑日となるところが何か所もあって、ここはその一歩手前の真夏日だ。九州地方は1週間前の集中豪雨で大変な被害に見舞われ、濁流と土石流に飲み込まれて流された住民の多くが今だに行方不明で、毎日この暑さの中懸命の捜索が行われている。また寸断された道路やライフラインの復旧に被災地の皆さんは大変な思いをなさっている。私ももう少し若ければボランティアでお手伝いに行きたいところだが、物資や義捐金のお手伝いぐらいはできるだろうと考える。それにしても毎年、雨の量が半端じゃないし、まさにこの異常気象は地球温暖化に起因するものだろうから、トランプ大統領のパリ協定離脱は考えられない暴挙だ。」

 午前中は議会だよりの原稿がまだの分があったり、入稿済みのものも見直しをかけたりで結構忙しかった。スタッフとともに午後からも研修報告のページを作ったり新しくフォーマットを作ってみたり、一緒に研修に行った委員のレポートから原稿に入れ込むものをピックアップしていったり、いろんな作業に追われた。
 ただ1時から2時の間は北公民館に行き、フラダンスのレッスンを受け、ちょっとリラックスして事務所に戻った。
 夕方5時ごろには、メールでほぼ全部の入稿を済ませた。気分的にはほっとした。さてさてまだ本誌の大きなページ部分の原稿が出ていないので、明日もまた時間との戦いとなるかも。
 どちらにしても編集はぎりぎりまでいいものにするための攻防が続く作業なのかもしれない。
       頑張らなくっちゃ!

広報原稿校正

 「昨日の半日庭仕事の疲れが残ってはいるものの、今週はまたまた忙しくなりそうなので、その初日といえる月曜日からへばっているわけにはいかない。研修に行った成果を次の6月号でしっかり形にしていきたいし、鉄は熱いうちにたたいて自分のものにしていきたいのは広報委員全員の思いだろう。この思いとやる気を持続してこれからの議会広報を盛り上げてほしいものだし、私たち長年やっているものも常に初心に帰り、探究心を持ち続けていかねばならないだろう。今日はそれらを踏まえ写真や言葉の校正などをして、明日は残っているページの完成に向けて頑張ろう。」

 プリンターの調子が良くなかったのでスタッフに来てもらって、ようやくうまく印刷できるようになったのだが、またまたインク切れで止まり、また購入しなくちゃ・・
 夕方事務局に行って再校と校了までのプロセスを確認して、さらには総務産建の視察研修の内容について打ち合わせも。
 そのあとデオデオに行き、エアコン1台とリビングのテレビの故障について相談したところ、土曜日には見に来てくれるとのこととなった。特にエアコンについては、これからが一番暑くなるので早めに手を打っておかないと大変なことになりそうだ。修繕で行けるのか、買い替えしたほうがよいのか見極めてからとしよう。
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防災講話

 「昨日までの3日間の県外研修の疲れがまだ残ってる感じの朝だったが、9時半にはコミセンで避難所運営について熊本地震の時の経験から実践的なお話があるとのことで頑張って行った。ただ駐車場の心配があった。土曜日の午前中なんていうと、よくスポーツ競技会や催しなどが重なって大変だとはわかっていたが案の定、東駐車場は満車でしばらくは待っていたが埒が明かないのであきらめてコムズまで行って残り僅かな駐車スペースがあったので、そこに置きコミセンまで歩いた。どうせ午後からはコムズで女性と防災の会があるので・・」

  熊本大学で学生たちと一緒に避難所運営をしていた2週間の攻防を
、リアル感を持って話してくださった安部准教授。
 まずは最初の3日間、本部・
救護・物資管理・受付・環境・情報・夜間警備・外国人対応などの部局を作り対応ブースを配置し、120名の学生ボランティアをシフト制で起用し特に発災時の16日~18日は学生団体主導の運営をしていったとのこと。
 留学生が外国人対応をしたり、
看護科や教育学部の養護学科の学生が高齢者や軽いけが人、また認知症や体の不自由な人などへの対応に、体育会系のガタイの大きな男子学生に夜間警備、女子学生には子供たちへの対応など適材適所に人員配置をしながら、来られる避難者、入ってくる物資、また情報の掲示で状況把握を的確にとされていったことなどを聞き、本当に現場は大変な空間になっているのだろうというのは想像ができた。
 当時のいろいろなトラブル、予期せぬ出来事、不審者が来たり、
デマ情報の拡散や避難所内の人々の気分がだんだん疲れていくことに準じて生じてくるものをいかに適切に処理し、少しでもスムーズな運営にしていくかはリーダーにかかっている。本部指令と各部の連携も大事であるしそこに住んでいる避難者の声も必要なことは取り入れ、無理なものは捨てる勇気も大事。
 
2時間の講和があっという間に終わって、本当に鬼気迫る話とそれをいかにクリアされたことに感動した。
 昼食後、
コムズに移り13時半より5人の仲間と来年のコムズフェスティバルの企画について、また7月1・2日に行った東京のそなエリア防災公園で体験したいろいろな防災ゲームについて皆さんに報告。
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26日から行く東北大震災後の復興とその過程、
街歩きなど計画しているものについて確認し合って、次回の再会を楽しみに別れた。

広報常任委員会研修

 「5日から今日までの3日間は、広報常任委員会の研修で名古屋近郊から東京都内と移動しながら毎日勉強の日々だった。」

 1日目:岡崎市のベッドタウンになる幸田町へと移動。ここは7年前に私と委員長は1年生議員だった時に来たことがある。その当時の議員さんだった水野氏がよく覚えておられて親しみを込めて、お迎え頂いた。当時よく議会だよりの全国グランプリでベスト10に入っておられて、先進的な実績を持っておられた幸田町だ。最近は賞から離れているので、頑張って再度挑戦したいとのことだった。
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 私たちの最近号をあらかじめ送っていたので、少し指摘を受けた。なるほどと納得のいく点であったし、次の日の芳野先生のクリニックでも同じようなことを言われた。
 2時間の研修と交流の後、庁舎内の議場見学や写真撮影などもさせてもらって、お別れした。
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 そのあと名古屋に出て新幹線口に近いところのホテルで宿泊し、夜は名古屋名物手羽先をたっぷりいただいた。おいしかった。

 2日目:新幹線で1時間40分かけ東京に行き、葉像門にある町村議会会館の2階会議室で約100人ほどの議会広報の関係者が集まった。
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 事前にクリニックをしてもらうように提出しておいた最新号についてそれぞれかなり辛口のダメ出しをされたのだが、今後すぐに修正のできるものが多かったので、この6月号にさっそく使えそうだ。
 見出し文字は10~15文字で。それ以上では読んでくれないとのこと。キャッチコピーをもう少し勉強したいとも感じた。そして逆にファイトが沸いてきた。頑張るぞ!!
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 夜は近隣の砥部町議会もこのクリニックに参加していたので、同じ品川プリンスで宿まり、夕食も懇親を兼ねた交流の場とさせてもらった。
 砥部さんは1年ごとに広報委員を変えるシステムになっているので、なかなかクリニックで得た改正点も続かずに終わっているとか・・・私たちのところでは私や委員長はもう10年議員になってからずっと広報に携わっているので、今の新人さんたちの中からまた引き継いでいってくれる人を育てていくつもりだ。
 9時過ぎには次男がロビーに来てくれて、一部議員と一緒に楽しい時間を過ごした。

 3日目:今日7日は七夕の日だが、九州地方は大雨による甚大な被害が出ているようで、ここ東京がカンカン照りになっているのがウソのよう・・・
 2日間の研修を終えてしっかり収穫を得て、今日は帰る日だ。でも、せっかくなので飛行機までの時間を利用して、国際展示場前駅にある「そなえ臨界防災センター」で地震体験ツアーなどに参加した。さらに学習室で防災関連グッズの展示やそのメカニズムをわかりやすく模型図や映画なども駆使して表現している部屋に入り、充実した時間を過ごした。
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 色々楽しんだ後、私は二度目の体験なので初回ほどエキサイトしなかったけど、大人も子供も楽しみながら防災を学べるこのような施設が災害時には避難場所や災害対策センターとして活躍するらしいと聞き、さすが東京…規模が違うなと感心させられた。
 昼食は1時ごろ空港にて。ミーティングも兼ねて飛行機の発着が見える見晴らしのいい場所で中華料理の丸テーブルを囲んで。
 帰宅したのは午後5時過ぎ。さすがに疲れてたので、夜のミーファの集いには出席できなかった。残念・・・

広報常任委員会

 「今日は朝から真夏のような暑さで、まさに7月らしい季節を感じるようになった。昨日の疲れも残るところではあるが、今日は朝から広報常任委員会だ。昨晩遅くにチェックしていた皆さんの持ち寄った初稿について、委員会でさらに校正していく。まだ全部がそろったわけではないが、初回の割にはみんながかなり出してきていたので次回の12日の委員会には前頁がそろうだろう。11時過ぎまでチェックして、さらに委員長と事務局で再度構成し、調べのいるものについてはその部局に行って確認をしたりする。抜けている写真の部分も撮ることができた。でも写真どりに行った公園には、さすがの暑さに人がほとんどいなくて、あまりいいショットは撮れなかった。」

 午後からは事務所に戻りデスクワークに集中。広報で構成の必要な部分もチェックしてさらにいいものに。
 昨日までのブログも書けなかった部分をここで書き上げ、忘れないうちに防災センターでのいろいろな体験を整理し記憶にとどめておきたいなと思った。
 事務所で6時過ぎまで残ってパソコンの前で仕事をして、帰宅は7時過ぎとなり、7時半から8時にかけての夕食。その時のテレビの話題はやっぱり東京都議選の結果と自民党の大敗の原因や各党首の感想など。やはり国政並みの関心の高さがうかがえる選挙だったのだな・・・と感じた。
 今日からウィンブルドンテニスも始まるし、どうしても寝不足がちになりそうな・・ちなみに錦織も大坂も一回戦突破で、上々の出足だ。

防災センターへ

「朝、モーニングのレストラン前で8時半に待ち合わせを。9時過ぎには食事を終え、国際展示場臨海防災センタ―へと移動。不要な荷物はロッカーにおいて、9時半には始まる防災ゲームに参加するため会場に急いだ。そこには中央大学理学部の学生さんたちのボランティアグループがあって、通称「りこボラ」とか名づけて防災を楽しく学べていざという時に役立てる行動ができるようにという訓練になる頭の体操をグループでやっていた。」

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 私たちもそれぞれ別のグループに分かれて参加して、大いに学生さんたちの優れた発想力やパズルを解明していく柔軟な回転力に驚きと刺激を受けながら、
時には人生経験も役だってチーム力で困難に立ち向かっていくこのひと時が充実していた。

 また避難誘導体験を指導者の笛の合図や、アイマスク使用で目の不自由な人やけがで動きに支障のある人になったようにして避難していくようなこともしてみたりしながら、途中で大きな余震が来たと言われて、その場で屈んだり安全な場所に身を潜めたりした。
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 更に高齢者施設運営者が被災した時そのサバイバルをどう切り抜けていくかについて考えさせられるゲームがあったり、大人から子どもさん向けの防災知識や体験をゲームによって深める試みなどを目にすることができた。
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 今回のイベントに参加して私たちの地域でも応用展開できそうなものがいくつもあって、それらを紹介できそうなので、この2日間の貴重な体験にお金や時間を費やしたが、とても有意義なものだったと感じている。
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 夕方7時前には松山空港につき、7時半帰宅。遅めの夕食だったが、ちょうど東京都議会選の結果速報が次から次へと流れ、自民大敗。小池都民ファーストの圧勝で、ある程度の予想はしていたが、これほどまでわかりやすい結果が出たかと驚きとある意味、安倍一強のおごりからくる何とも言えない強圧感に嫌気がさしていた時に爽やかな緑の風が吹き情報公開で一新した小池旋風にしてやられた感のある、今回の小池劇場にある意味小気味よさを感じたのは私だけではないだろう。
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 11時ごろには快進撃を続けていた藤井4段もついに連敗ストップで、これもまた大きなニュースになっていた。


東京へ

 「午前中は溜まった家事を片付けていく事に専念して、汗だくだくになりシャワーを浴びてすっきりして部屋もすっきりなって気持ちよく出発。2時45分のフライトだったけど、少し早めに出て飛行場のパーキングへ。土曜の午後はいつも満車で一番便利なセンターの第1はダメで少し北へ入った第2の方に入れたが、空港ビルまで結構暑い中歩かなければならないのが残念。フライトは時間通りで友人と一緒に東京の国際展示場前のサンルートホテルには夕方5時前に到着。そこから夜はお互い都内の息子に会うために自由行動。」


 有楽町に午後6時40分に次男と待ち合わせ。元気そうな笑顔に迎えられ久し振りに彼の予約した創作料理の店に行って約2時間近況報告など聞きながら楽しいひと時を過ごせた。

 いつものようにすっきりした飲み口のワインを1本開けて、9時過ぎにその店を出てしばらく銀座の方に向かって歩き、若い会社帰りのサラリーマンやキャリアウーマンたちでにぎわうビールバーに立ち寄り、長男も9時半頃より合流してロゼを一本開けて11時過ぎにはお開きとして、明日のこともあるので早々に打ち切った。

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さすがにホテルに着くとなんだか暑くてしばらく寝苦しかったけど、アルコールと寝不足もあっていつしか眠りの世界に・・・