FC2ブログ

~松前町の明るい未来を目指して~   ワクワクレポート+α

8月最終日~

 「ついに8月も最後の日となった。今月は特に前半の半月がオリンピックや旅行であっというまに過ぎてしまい、その後も溜まっている仕事を片付けているうちに、残暑との戦いは続いているがこんなにも早くひと月が経ってしまった。でもいっぱい思い出も作れたし貴重な体験もさせてもらったし、本当に充実してたかも。この充電期間を大切に、これからの荒波を乗り越えて行こう。サーファーのように?」

 朝から息子が風邪気味で咳がなかなか止まらないので、行きつけの耳鼻咽喉科へ連れて行き薬をもらってきたので少しは安心かな。
 でもその割には私の自転車でエミフルやコンビニ行ったりするので(まだ自動車免許を取っていないので)、どこまでしんどいのかよく分からない。
 夜は友達との飲み会で・・軍資金をもらいたい時だけは、おこずかいもらう小学生みたいな顔をするのでつい・・・あ~親バカかな[甘い] いつもは東京で結構カツカツの学生生活してると思うと、こっちに来た時ぐらいは・・・なんて思ってしまう。でもそれも向こうは計算済みなんだろうがね。(私は自宅通学だったもんで、ちょっと分からない部分もあるが)

  午後からは事務所にて、一般質問の通告書原稿書きに専念。9月議会は、もう目の前に来てるので。

  夜は夫が大洲で食事会のため私と息子との二人で鍋をして食べた。普段下宿生活の彼には、あまりナベはメニューに上がりにくいらしい。ちょっと汗も搔くけど、ブレーカーが落ちない程度にクーラーもつけていたので夏の鍋もたまにはいいかも・・・秋味限定盤ビールも美味かった。
         鍋

議会活性化勉強会

 「朝はちょっと涼しかったのに、一転昼からは猛暑。松山市でも35度を超えていた。もう8月も終わろうとしているのに、この暑さ当分続きそうだと天気長期予報・・・」 

 朝10時から第3回議会活性化勉強会を開催。 今回の出席者は6人。3人欠席。
 常任委員会の運営や活性化していく方策について議論を深めて行ったが、そこに行きつくまでに勉強会へのイメージが個々かなりの温度差があるので、いろんな方向に意見が出て軌道修正するのが大変だった。

 議会と行政側、つまり予算配分や執行権のある理事者側とそのチェック監視側である議会が二元代表制としてどう折り合いを付けながら、最終的に住民のためにより良い町政ができるように調整していくか・・・
 力をもっとつけなければならない。それがまさに議会活性化につながると考えるが、そのためには議員自身の資質向上のための努力と研鑽を怠ってはならない。その自覚があるかどうか・・・
 常に自問自答しながら、冷静で謙虚さを持ちつつ毅然として、自己の主張もしながら相手の言葉もしっかりと受け止め理解する努力も必要。議論を深めるときの基本だろう。

 委員会付託の案件について消化不良のまま採決してしまうのではなく、もう少し丁寧に審議して納得した上で賛否を考えるべきでは・・・このことについては次回の勉強会でさらに議論を深めることに。

  昼からは息子と昼食を食べて3時ごろまで暑さを避けて家でじっとしていた。それほど外は暑かった。4時過ぎに定期検診のため、いつもの病院へ。

 帰宅後夕食作り。今晩は7時からヤングなでしこが韓国とベスト4をかけてガチンコ対決。
 試合は終始日本が押し気味で先制点を取った後、韓国が1点入れてそのあと前半2ゴールを決めて3-1で快勝だった。
 準決勝は、9月4日夕方キックオフだ。これからは強豪ばかりだから優勝までの道のりは険しいが、頑張ってほしい・・・
             韓国戦
  有識者会議の最終発表で南海トラフ震災死32万人というショッキングな数字が出た。これにより今までの基準がずいぶん甘いものということがわかり、今後の防災減災計画の大幅な見直しや、耐震工事の緊急性順位も整理していかなければならない。
 また防災訓練にも更なる具体性が要求されてくるだろう。防災会議の中身の充実にこの最悪の数字の基本があれば、予算配分などにも優先順位が明確に出てくるだろう。
 東北大震災の規模をはるかに超える災害となる試算がでたわけだから、むやみに怖がる必要はないが覚悟してしっかり対策していくことが大事だろう。

二男が帰ってきた

 「昨晩から雨で早朝は涼しかったが、8時も過ぎると結構暑くなってきた。やっぱり残暑は厳しいね。息子が朝松山空港に到着。迎えに行ってやらねば・・・」

  8時45分定刻に着陸。リュックを背中に、ラフな格好でやってきた。キャップかぶってるからその時は分からなかったけど、耳の後ろ側の側頭を市松模様に髪をカットしている。なんか変わったことがしたいのか…
 帰宅途中で朝食モーニングを食べて、その後私は10時に庁舎でアポがあったので向う。

  昼ごろまで議長や事務局・関係者と9月議会開催に当たり、事前打ち合わせ。
 また明日の勉強会に必要な書類資料を確認して、事務所にメール送信してもらう。写真の件での打ち合わせも。

 1時過ぎに慌てて自宅に戻り息子と昼食を食べ、2時には父のこと(介護サービスの件)で打ち合わせと新規契約書類の授受もあって二男を連れてむかう。

  約1時間近くかかって話し合いも終わり、母のいるグループホームに一緒に行く。母は残念ながら息子のことは分からないみたいだったけど、機嫌よく相手をしてくれた。
 おやつに焼きいもをいただいた。とってもおいしかった。母にロンドンオリンピックのマスコット人形を渡すと、珍しそうに嬉しそうにずっと握って見つめていた。 
                            オリンピックマスコット
  夜は町に出て、久しぶりに行きつけの店で旬の食材を楽しんだ。息子の少し風邪気味の体調もこれで元気になるのでは・・・でも今週末には帰京するというから、ほんの束の間の里帰りか。

  さてさて野田政権は参院で問責決議案が出て可決されたとか・・・でもその理由が消費税増税を強引に通したことが原因としているのに、またその原動力となっている三党合意をした自民党が これに賛成したというから、何でもありのこのありさまに恥ずかしさを覚える。政局がからむと矛盾も飛び越えるんだね。

フラダンス、頑張ろう!

 「朝から雨模様で、少し涼しい朝を迎えた。ラブとの散歩も行けないかと思ったら、ちょうど雨が止んでいたので出かけたら、濡れた草でラブの毛もかなり濡れたが気持ちよさそうだった。」

  午前中は、それでも湿度が高くてジメジメしたうっとおしい気候だった。やはりクーラーなしでは仕事の能率が上がらない。来客もあって結構話も弾んで、特に介護の大変さの話になると、お互いの経験の中でリアルな事情を手振り身振りで話すその様子に笑えない深刻さを感じたし、自宅介護の頑張りと苦労が伝わってきた。介護する側の健康など、頑張りすぎてダウンしないように願うところだ。

 ★ 午後からは、フラダンスのレッスン。
 いつもながら復習をしないその場限りの練習のため、きれいにその振付を忘れてしまい優等生の仲間のふりを見ながらなんとか思い出すというのがいつものパターン。
 それでも踊ることは心のリフレシュにもなり、ちょっと汗も搔くけど気持ちがいい。11月にはまた発表会もあるので、今の演目がその一つでもあるので真面目に取り組もう。
 今度は衣装も新調するし、統一感を出すグループの舞を見て頂けるように頑張ろう・・
        フラ
  その後早目に帰宅し、久しぶりにのんびりした気分になると、うつらうつらと眠気が~
  明日は東京から次男が久しぶりのご帰還だ。しばらく食事の事とか、ちょっと忙しくなるかな。ま、たまには母もしなくちゃね!

そろそろ議会に向けて・・

 「今日も暑い1日だった。だがここの所朝晩の風がちょっと心地良くなってきた。特に沖縄に接近中の大型の台風の影響で日中の風はかなり勢いがあった。ビュービュー音を立てて、木々や電線を揺らしていた。事務所でのデスクワークは涼しくて気持ちがいいので、午後からはつい眠気も出てくる。」

  9時半には、30日の勉強会の進め方について打ち合わせに行く。議会活性化についてはそれぞれ手法も考え方も温度差もあるので、あるレベルにみんなで動いて行く原動力をどう生み出していくかなかなか難しいが、今後も粘り強く議論を深めていくつもりだ。

  午後は事務所にて、会議に向けての資料作りに集中。
 また9月議会の一般質問内容の絞り込みや、それらのテーマに対するベースになる資料収集も並行して行なった。今週中には、ほぼまとめたい。

  国会も各法案について採決の時期を迎え、与野党間の政局がらみで欠席裁判みたいになって、お互い主張の正当化を述べるだけで歩み寄りもなく、空しい可決をみるだけだ。
 自民党の問責議決法案をちらつかせながら解散を促す手法も、出してきた法案の審議が無い空席の会議室も、国民不在の政治を感じる。そんな中、橋下氏の衆院定数半減説が飛出し、維新の会にラブコールを送る国会議員に踏み絵を出した感のあるパフォーマンスにちょっと違和感を持つ。

  夜、二男からメールが入った。あさって松山に帰ってきて何日か滞在するみたいだ。
 夫がせっせと息子の部屋の片づけをしている。ご苦労様・・・

世界知っ得講座

 「今日は弟の誕生日。ちょっと歳の離れた弟も、今では3人の息子の親父さん。久しぶりに電話でハッピーバースデイと掛けると、ちょっとした家族の忘れられない出来事について聞かされることに。でも事なきを得たのだから良かった。多分、家族の絆が以前より強まったのでは・・・」

  朝から今日も暑い。モーニングから帰って来てからは久しぶりに部屋の掃除をして、スッキリと気分転換。
 洗濯物も昨晩から干していたら午前中にはすっかり乾いたので取り込んで、お昼にはそうめん湯掻いてさらっと食べた。

 午後2時前、福祉センターで行われる【ミーファ(まさき国際交流の会)】の世界知っ得特別講座に出席した。
 今回は中国の水餃子作りと水墨画の話というタイトルで、なかなか面白そうな講座だったので参加させてもらった。勿論わたしはスタッフなので、いろいろお手伝いもしないといけないんだが・・。

 中国人夫妻の指導で楽しく学べた。
 奥さんの水餃子作り教室は隣の調理室を使って、4グループに分かれ主に餃子の皮つくりと具を入れて形作るところに時間がかかり、実際の試食は4時過ぎとなった。
  水餃子作り
                     水餃子作り1
 ご主人は水墨画の先生で、基本の竹の書き方のパフォーマンスや実際の作品も部屋に展示してあり、料理の手伝いも積極的にして下さって、微笑ましいほど仲の良いところを見せて頂いた。
                      水墨画1 
   水墨画2 
  お味はちょっと薄味気味に作られたということだったが、なかなか美味しかった。また青唐辛子の和え物をはさむサンドイッチなどプラスで色んな家庭料理も紹介して下さり、お仲間のスイカの差し入れもあったりでお腹いっぱいになった。
                  水餃子作り2
 6時過ぎに帰宅し、夕飯を食べるころにはちょっと小腹が空いていたので食べれたので、あまりむつこくない中華料理だったのがよくわかった。
 レシピもあるので、また作ってみたいものだ。

残暑に暑さボケ?

 「今日も朝から相当暑かった。早く秋が来ないかな~なんて勝手なことを言ってますが、天気予報によると当分猛暑からの脱却はできないこととのこと。もう気合で乗り切るしかないか・・」

  午前中は、来週の議会活性化勉強会のための課題として、常任委員会の会則や今後の改善点の検討、議会図書館の使用についてや休会中の本会議場の有効的な運用についての再考。
 会議用の資料作り、レジュメの準備など、できるときにしておきたい用事を片付けて。

 午後もほとんどデスクワークに費やす。(国会中継を聞きながら・・・)
 今日は特に外交特別委員会のようで、竹島や尖閣諸島の領有権の問題や領海侵犯、不法上陸に対する政府の対応やその後の対応について野党から厳しい追及があり、政府答弁と質問がかみ合わなかったりで、かなり紛糾していた様子が見て取れた。
 韓国に対する抗議の親書も相手方が受け取らず外務省に送り返して来たり、中国の反日運動などここの所何かとぎくしゃくする隣国との関係に政府もどこまで毅然とした態度で平和的外交戦略で対応できるのか、野党やマスコミの追及に大変だろうがここはじっくりと冷静に大人の品位を保つ対応をしてもらいたい。

  今日は愛大病院に母を連れて行く定期検診の日であることをすっかり忘れていた。
 近いうちに予約の取り直しをしないといけない。9月だとばかり思っていた。暑さボケ?

夏も終盤に

 「朝晩の心地よさが秋の気配を感じるこの2~3日だが、昼間はまだまだ暑くて車もエンジンを切るともう暑くてたまらない。でも蝉の声があまり聞こえなくなってきたような気もする。」
                             ばいばい・・ バイバイ・・

 午前中は父の介護相談で、ケアマネさんたちと今の施設でサービスの見直しなどについて話し合う。
 やはり高齢化に伴い、介護認定の数値が一段階進んだのだ。デイサービスの利用もお試しで体験してみるとのこと。

 午後からは久しぶりにバドミントンをして、汗びっしょりに。この時期運動すると汗がすごいけど、あとが気持ちいい。
 オリンピック記念ホルダーを持って行くと、みんなで好きなように分けてくれた。
                             バドミントン
 ★ 4時過ぎにアイスを買って事務所に戻ると、来客中だったので一緒に食べた。のどが冷んやりしてスッキリした。
  帰宅後、夕食作りを始めた6時ごろにはようやく少し涼しくなってきたが、やはりクーラーが無くては能率が上がらない。

 7時からは、ヤングなでしこのワールドカップ予選のニュージーランド戦に注目。でもそれに集中するわけにもいかず、片付けを済ました後は依頼原稿書きを。
 参考資料を見ながら書き上げ、メールで送る。耳は時々熱戦に傾き、最初2点先取された時には、これはアカン・・・なんて思いつつ、そのあと同点に追いついて頑張りだした時には「もう1点行けるぞ!」なんて・・・そっちに気が取られかけてた。結局、ドローで終了。
     ヤングなでしこ
 まあ予選やからいいか~なんて気を取り直して、原稿も書き終えた。

 ジャーナリスト山本美香さんの死に対して、改めて戦争の悲惨さ・空しさを訴えます。シリアだけではないが、全世界の紛争地で権力闘争の挙句の果てに武力行使をして、何の解決にもならず多くの犠牲者や憎しみだけが残り、一番の犠牲者はそこに住んでいる市民、特に女性や子供・高齢者たちだ。
 彼女はこういう人たちに視線を向け、レンズを通して実態を知ってもらうために命を懸けて停戦・平和を希求していたのでしょう。本当に残念です。心からご冥福を祈ります。☆☆☆

オリンピック話に花が咲く

 「今日も暑い1日の始まりだ。久しぶりに史談会の定例会やフラダンスの練習にも顔を出す。それぞれロンドンで買ったビスケットを持って・・・・」
 
 午前中は、とりあえず仕上げた大津での県外研修紀行文の第一弾原稿を持って史談会に顔を出す。
 皆さんからオリンピックの事や旅行について聞かれ珍道中について話すと、とっても興味深くいろんな質問も飛び交った。みなさん色々な分野に憧憬の広い方々だけに、話が尽きない位盛り上がった。
 
 帰りに昨日出した写真が出来上がっているのでエミフルに取りに行き、昼食も食べてその足でフラダンスの練習に行った。
 今年の発表会衣装の購入について、デザインやサイズ選びなどを話し合った。練習に入る前にバスト・ウエスト・ヒップなどの採寸をし既成サイズで無理なら特注できるとのことで、やはり私はどうも特注せざるをえなかった・・。
 なんだかまたサイズが大きくなってたみたいだが、測り方がちょっと大きめにしてたのじゃないかと思うぐらい・・
ショック!!
 そのため若干練習時間も短くなったけど、この前の分をおさらいして今度の11月の大会の演目を練習した。
 
 練習が終わってから、みなさんにロンドンのクッキーを持って行ってたので分けて食べたり持って帰ってもらった。
 また持って行った写真も披露して、再度質問攻めに。皆さんもヨーロッパに行ってる人が結構多いので、その時のことを思い出しながらの質問やオリンピックの事なども聞かれた。
 
  自宅に戻ってから写真整理をもう一度し直して、夕食の準備。
 食事後6時半から、集会所にて来月行われる地域の防災訓練実施計画について防災士と区長の6人で話し合いをし、9時過ぎまで結構つめた話をした。
 会の終わりにはまたオリンピックの話に花が咲き、ちょっとしたお土産を渡し、解散した。

残暑厳しいです・・

 「盆が過ぎても残暑厳しいね。日中、外に出るのがイヤになりますね。車も青空駐車だと、ものすごく焼けるので最近は事務所まで自転車で通っている。」

  午前中から昼過ぎまで写真の整理に追われ、デスクワークで暑さをしのいだ感あり。
 2時過ぎに遅い昼食を食べて、庁舎に行き事務処理を行なった。
 その後エミフルに寄り、自宅には5時過ぎに。

 家では夫がホームセンターからなにやら組み立て式の整理用チェストを買ってきて、汗を出しだし組み立てている。きのうから季節の服の整理とかで頑張っておられるようだが、私はとてもそんな気になれず、多分9月の終わりぐらいの涼しさになってから一挙にやってしまうつもりだ。本当にご苦労様。

 夕方にはクーラーを入れないと家事が進まない。
 夕食を済ませ片付けたあとは、ゆっくりしたい。テレビを見ると、気になるニュースが目白押し。まさに日本の国際能力、外交が問われている状況だ。
 尖閣諸島・竹島の問題で、中国に香港や台湾まで一緒になって尖閣にせまってくるし、韓国は大統領まで上陸してパフォーマンスをする。その対応に日本政府の弱腰を指摘して熱くなった日本人がまた尖閣に上陸する。その対応に中国の国内が大規模な反日運動を展開する。
 ・・・自国のナショナリズムが熱くなりすぎると収拾がつかなくなって、本当に戦争状態に持って行くつもりなのか。結局は国民が一番悲惨なことになる。

 政府は毅然とした態度で国益を損ねないように言うべきことは是非主張してほしいが、向こうも本気で戦争をしたいと思っているわけではないはずだ。落としどころを探している部分もあろう。
 民間レベルでも、産業・経済協力・天然資源の共同開発など色々な方策やカードを出して、大人の解決策を模索してほしいものだ。また国際的な場所で日本の立場をしっかり表明して、あとから実効支配しようとしているごり押し的な対応を、どちらがしているかを世界の人々にしっかり見てもらうよう主張していくべきだろう。
         尖閣諸島

休日最後は森林浴?

 「昨日今日の2日間は、なんとか時差ボケからの脱却でしっかり睡眠を取り、眠気はとれてきました。お盆休みの最後を利用して、父を連れて流し素麺をやっている上林(東温市)に行ってきました。この山の上に大勢の人が,涼を求めて来ていました。上林の湧水が、そうめん流しの原動力となっていました。」

 
 ★
以前からそうめん流しに行きたがっていた父。なかなか時間が無くて連れて行けなかったのですが、やっとのこと時間も取れ行けれるようになった。
 南予に行くより近場にあることを知って、ネットで行き道も調べ
夫の運転で父を連れて行きました。その願いがかなって少し待たされはしたものの、おいしい山の水に流されてくるそうめんに父はご満悦のようでした。

  かえりに風穴という冷たい風が大きな岩の下から吹き上げてくる場所にも行ったが、父は険しい階段を途中まで上がってキツクなり、上まで行かずやめて降りて行きました。
                   上林1

 私はせっかくここまで来たのだからと風穴のところまで行くと、本当にヒンヤリとした水蒸気のような風が吹き上げていました。この気持ち良さは、ここに来ないとわからないものですね。
       風穴への道 
  車に戻り、更に久万町の方へ山道をうねうねと曲がりながら抜けて行き、最後には砥部町に出てきた。
 帰りに母のいるグループホームにも顔を出しご機嫌伺いをして、父をケアハウスに送り届けた。
 
ちょっと親孝行して、普段の不孝の償いをしました。

 帰宅後は暑さの中で夫は部屋の片づけなどしていたが、なんだか私はやる気が起こらず休日に徹することに決め、ずっと本を読んだりテレビを観たりでのんびりと時間を過ごした。

  明日からは色んな事が動き出す週なので、忙しくなりそうだ。

旅の後半・・

 【11日】
 今日も朝から快晴。ここに来てから雨など見たことがない。まさに雲一つない青空だ。
 朝9時にはウンバルトの車に私たちの大きなトランクを詰め込んで、最寄りの駅まで送って下さった。
 途中で自分の行きつけのパン屋さんで私たちの昼食の分まで買って、「車内で食べるといいよ」と最後までサービス精神旺盛な彼だった。
 3日間という短い期間ではあったが充実したまたアットホームな歓迎ぶりに、国や言葉は違っても人として通じ合える温かさを持ったウンバルトさんはじめ、彼の仲間や取り巻く人々の輪の中に入って過ごしたことの意義深さは私の人生に大きな影響を与える貴重な経験となった。

 駅に到着後、日本での再会を期して別れた。
 これからローマに向かって長い列車の旅となる。
 ところが最初の乗り換え駅までの指定席の車列を間違えたために(しかもそのことに乗り込んでから気が付き)、通路にも人がいっぱいで前に進めず、やむなく次の駅まで立って移動し、ドア近くで待機し列車が止まるや否や4人が大きなトランクを引っ提げて駅のホームを全速力で走る光景は、今思い出しても吹き出しそう。
 やっと座れて約1時間ほどして乗り換え。
 今度は日本でいう新幹線のような超特急で、約3時間の移動だ。車内はよく冷房が効いて座席も広く、グリーン車使用の指定席を取ってくれていたので快適だった。
 ただ乗り降りの際のホームと車両との段差が結構きつくて、私のように足の短い者や足の不自由な人にとってはかなり意地悪なステップだったし、危険だと感じた。あまりバリアフリー的なイメージは、どこにいっても感じられなかったのも事実だ。よく言えば、イタリアらしい細かいことを気にしない自由奔放さから来ているのか・・。
 
 午後4時過ぎ、ローマターミナル駅に到着。ここはまさに大都会。しかも世界の観光地とあって多くの外国人の姿も見かける。 もちろん日本人もたくさんいる。私たちもその一つのグループだ。特にアジア系では、中国人・韓国人・インドネシア・ベトナム・タイの人などが多く、ツアーで来ている人が大半だ。必ず先頭にツアー名の書いたハンカチやバンダナを括り付けた棒のようなものを掲げているガイドが足早に歩いている。

 まだ太陽がサンサンと照る道中を、ホテルまで近いから歩くという息子の提案に少し抵抗があったが3人で私の荷物を分担してくれるというからついて行ったが、行けども行けどもたどり着かない。足も痛いし暑いし、何とかしてくれと叫びたい心境だった。ようやくグランドホテルという5つ星の豪華ホテルのちょうど道隔てて真正面にマーカサイトホテルというのがあって、それが私たちの予約していたホテルだった。
 こじんまりしたビジネスホテルのようで、各施設も整っていてちょうど良いクラスではと思った。それでも4ツ星クラスらしいので・・・さすが日本人ツアー客はいなくてほっとした。
 だって、せっかくローマに来て大阪弁や松山弁はないでしょう。
 考えたら今回の旅はずっと友人関係の安宿旅だったので、ここで初めてホテルらしいホテルに泊まった感だが、なんだかあのアットホーム感がなつかしい。

 夕方の食事までの時間があるので、タクシーでスペイン広場やトレビの泉など映画ローマの休日で有名になった場所へと足を延ばす。ただどこに行っても人、人、人だらけ。あの昨日までのイタリアの田舎町が妙に恋しい。
 まさに都会の喧騒の中、ブランド街を通るとここもまた人だらけ。特に中国人の団体が目につく。プラダやグッチなど大きな紙袋をいくつも抱えて買い物三昧ってかんじ。
 私はグッチの店舗内のイタリアのイケメンとの会話を楽しみ、ちょっと張り込んでスカーフを買ってしまった。レオナルド・デカプリオやグラント・ピット張りのハンサムボーイが、あちこちにいるんだからつい財布のひもが・・・う~ん現実を見よ。店の外では3人の日本人(わが家族)が待っている。

 そうこうしているうちに予約の時間となりレストランに向かうが、これもホテルから近いというのでタクシーに乗らずに歩いてみたもののわかりにくくて、結局20分ぐらいウロウロして、やっとたどり着いた。
 こざっぱりとしたシーフードレストランで、夫は楽しみにしていたスパゲティボンゴレを注文し、タコのカルパッチョやフレッシュサラダでちょっと胃に軽いメニューで済ませた。
 明日は1日ローマ市内観光で締めくくるため、今夜どのコースで観て回るかしっかり計画をたてなければ・・・でも疲れて寝てしまった。あ~あ。
 
 【12日】
 ローマ市内はとても1日では観て回れないほどの多くの遺跡や名所があり、よほどうまくポイントをおさえて回らないと時間のロスが発生するので、お金かかっても日本人ガイド付きのタクシー観光でもしようかと提案したら却下された。
 長男の見たいもの優先で、彼は美術品やローマ時代の建物、教会などでそれらを中心に観光し、そのあとコロッシアムへと向かった。ここには多くの観光客が押し寄せ長蛇の列を作っていた。ただガイドをつけると優先的に見れるというのでひとり25ユーロも払ったが、中には入れたものの英語のしかもかなりイタリア訛りのガイドでわかりにくかったので途中で出てきてしまった。
   協会内
     寺院前
            神殿前にて  
    スペイン広場にて
   寺院
  
   ローマ市内 

    ローマ市内1    
  でも写真も撮れたし、ここで行われていたことを聞くとあまり長居はしたくない気分になったのだ。
 紀元前の時代ではあるが、奴隷同志の殺し合いや猛獣と人間の戦いなどをこの競技場で観て楽しみ、身分の高い者たちや市民の娯楽になっていたというから現代では考えられないような人権意識の時代だったんだなとちょっと寒くなった。
         コロセイム 
    コロセイム内
       
 私はそれよりあのローマの休日で有名になった真実の口のある場所に行きたかったので、それを地図で調べてみたところ、そこからまだだいぶ歩かなければならなかった。でもせっかくここまで来たんだからと頑張って痛い足を引きずって歩きつづけつづけ、ようやくたどり着いた。がそこも1時間以上待つ長蛇の列。もうそれ以上の余力はなく、ここであきらめ見たことにして帰った。
 
 その後、次男の希望もあってちょっと若者向けのデザイナーズブランドの街へタクシーで行き、彼のお気に入りのリュックやシャツなどがあってご機嫌だった。
 私もそのあと買い物をしてお土産など買い残したものを買って、ホテルに戻った。
 今晩がこの旅行の最後の4人揃っての夕食となるため、ちょっとリッチで美味しい店を紹介してもらい、そこへ行った。やはりシーフード中心だが、今夜はロブスターも注文してワインも堪能し,本当に楽しいひと時をすごした。

 ロングトリップも最終エンドとなった。明日は長男とは空港でお別れ。彼はロンドンに戻り、二男とは成田でお別れ、またバラバラの家族形態となるが、これもまた次回の出会いにお互いの成長を感じることができるスタンスタイムと思ってポジティブにとらえよう。ホテルに戻ってからは荷物を整え明日の出発に備えた。

 ローマでは観光地が故にか多くの生活困窮者たちも集まってくるのだろう。街角や教会の入り口などに座りこんでコップを持って、お金を下さいと掲げている人たちを多く見た。どんな事情があるんだろうかとつい思ってしまうが、国の生活保護などの制度からも見放された人たちだろうか。イタリアの財政状況はかなり厳しいし、国債評価も低く第2のギリシャになりかねない情勢なんだろうが、あでやかなフェラーリやブランド品が並ぶ店の通りから一歩入れば、こんな場面も。まさに光と影の部分を見たような気がした。

 【13日】 
 朝8時15分ホテルを出て、タクシーで一路ローマ空港へ。
 出国手続きを済ませ、飛行機が違うので荷物を預けてからしばらくして長男とは別れた。
 また長いフライト時間に耐えなければならないが、旅の快い疲労感でもしかしたらよく眠れるかも・・・
 時差が8時間、フライト時間11時間。もちろんエコノミークラスだから前の座席との幅は狭く、特に窓側の私から3席向こうの通路まで、トイレに行こうと思うと至難のわざがいる。もうそこのけそこのけ状態だ。腰や足元にエアーマットを置いて何とか心地よくしたつもりだが、結局朝到着まで寝ることはできず居直って映画を3本、ゲームなどして時間を潰した。周りはもちろん日本人だらけだった。

 【14日】
 成田到着午前6時半、完全に頭が徹夜明けの状態。
 二男とは飛行場で別れ、私たち二人は羽田空港へと向かい9時50分発の便に1本早く切り替えて松山には12時前には到着。あ~我が家に戻ってきた。暑い~
 汗でぐっしょりなりながら、荷物の整理・洗濯、ラブちゃんのお迎え、夕食の買い物。
 あ~日常が戻ってきた。明日はお盆でお坊さんがお参りに来られるので寝坊はできないので、今日は疲れを取るため早く寝よう・・・でもなんだか頭が変。

 【15日】
 朝からお盆の行事を済ませ、お墓参りも済ませ、喜ぶラブちゃんをしり目に二人ともまとめて来た新聞や留め置きしてた郵便物などに目を通し、オリンピックの選手の話など観てないシーンなども回想しながら、なんとなくまだ時差ボケがとれない状態が続く。

 【16日】
 いよいよ事務所にも顔を出し、議会事務局にも午後からちょっと立ち寄る。
 ブログの書き上げに毎晩遅くなっているのもよくないので、明日で何とか終えよう。

 【17日】
 今日は昨日が3時過ぎだったのもあってか、朝10時まで寝てしまった。
 夫はとっくに会社に行ったみたい。事務所でデスクワーク1日続けて、来週から万全の体調に戻して活動始めよう。

ロンドンからイタリアへ

 「今日からイタリアに。」
 
 【8日】
 朝早くロンドン市内にあるヒースローとは別の空港から、イタリアのボローニャに飛ぶ。
 そこからタクシーで日本でいうJRのような鉄道の走る駅に移動。特急列車に乗って更に2時間半、乗り換えながらリミニに到着。また更に二駅移動して、モンテフローリエに着く。そこからまた更にタクシーで30分ほどワイン畑やオリーブの丘などいくつも越えて山の方に上がって行き、ついに石のお城のある目的地に到着。
 石畳とレンガ造りの家やお店が軒を並べて、本当にイタリアの田舎という感じの所に着いた。
        イタリアの街並1  
 今日から3日間過ごすB&B(民宿のようなこじんまりした朝食付きお宿)の部屋に入り、荷物を置いた。なんと4人一緒の部屋で家族だからいいようなもんだが、本当にざっくりしている。
  ホテル1
           ホテル2
 
天蓋付の大きなキングサイズのベッドに私たちが、そして息子たちはリビングベッド二つにそれぞれという感じで休んだ。エアコンが壊れていてスイッチ入れても送風だけで、イタリアのこの暑さをクリアできるのか・・・かなり不安。イギリスが寒いくらいの気候だっただけに、余計に暑く感じる。
   坂はキツイ・・
 部屋に居ても暑いだけなので外に出て、すぐ横にある大きな石のお城に入って行った。これがまたかなりきつい 急な坂道となっていて、石畳のこの道はまた私の足を苦しめる。
   高台より    
          イタリアの街並
 途中で振り返り下を見ると、素晴らしい絶景が広がっている。かなりの高台であることは証明できたが、上り下りが毎回大変だなと想像できた。
         お城
 夕方5時過ぎに長男の友人で仕事の恩師でもあるウンバルト氏と、ここで会うことになっていた。版画家でもある彼は夏場だけこの城の中に作業場を持ち、多くの版画家の卵さんたちや初心者、プロの版画家育成にも力を入れていて、色々なコース別のワークショップをしている。
 今日はその上級者向けコース2週間の最終日となっていた。
         アトリエにて
 その彼が私たち家族の旅のここでの3日間をコーディネイトしてくれるとのことで、挨拶に行った。目鼻立ちのくっきりとした目力の強いがっしりしたイタリアマンという感じで、元映画俳優というのも納得できた。
 長男とはロンドンの大学で知り合い、版画家として彼のキュレイトで作品紹介をした経緯もあり、ティムさんの家で同宿していた仲でもあったので私たちのことを本当に心から歓迎してくれているみたいだった。
 今日のワークショップのファイナルパーティに一緒に参加させてくれて、生徒さんたちに紹介してくれたりワインとチェリーパイで歓迎してくれた。
 
 そこには彼の彼女エリザも来ており、かなり歳の差もありそうな若くて可愛い女性だった。
 いったん宿に戻って、8時半に下の広場にあるワインバーで待ち合わせした。少し早目にその場所へ行くと、その広場では何やらコンサートが始まるみたいで準備をしている。そのステージは、まさに私たちの泊まっている宿の真下にあって・・なんだか嫌な予感。なんとコンサートの始まりは9時ごろで、終わるのは・・・

 ワインバーのマスターも息子のことをよく知っていて、親しげにイタリア訛りの英語で喋ってくる。地靴はしないのだが、なんとも早口で訛っているのでわかりにくいのが欠点だ。
 そうこうしてたらウンバルトが来て、9時近くになって彼女も合流して近くのピザ屋さんに招待してくれた。色んな種類の薄めのピザで、ワインとも絶妙のマッチングで美味しいイタリアンピザに大満足だった。
 11時過ぎに明日の約束をして別れて、宿に戻った。

 やっぱり予感通り、まだコンサートが続いてる。あまり上手でもないアマチュアバンドだけど、楽しそうに観客もワ
イン飲み飲み手拍子なんかやって結構乗ってる雰囲気。当然部屋に戻ると、室内は窓を閉め切っているので暑くてムンムンしている。堪らず窓を開けたら、大音響の演奏が聞こえてくる!! わ~、こりゃたまらん。
 窓を閉めたら暑くて寝れない。シャワーを浴びたら少し暑さも緩んだが、しばらくすると暑くなってくる。12時過ぎにやっとコンサートが終わって、静かになって眠りについた。(でも夫は、誰かのいびきが煩くて眠れんかったらしいが・・・)

 【9日】
 
朝は涼しくて気持ちがいい。でもお店の開店時間は遅いが8時過ぎにはやっと一軒だけ向かい側の喫茶店が開いたので、宿の朝食を食べずにそこのコーヒーやハムサンドで済ませた。

 ウンバルトさんとの約束時間は9時半で、今日の目的地は海。
 まさに遠浅で海水浴の人気スポットらしく、地元の人が多く遊びに来るらしい。でも日差しがキツイらしいので、しっかり日焼け止め対策をしておかないと大変らしい。
 私は日蔭があるかどうか心配だったけど、向こうでテントを張るというから安心して行くと・・・これもちょっと当て外れみたいで、自分の期待が違ってただけなのかも・・・
 途中でランチや果物・飲み物などを買うため、朝市のような大きな市場に寄って買物をした。エリザも一緒だったので、まるで自分の娘のような年頃の彼女が可愛くて、欲しそうにしていたピンクのTシャツを買ってあげたらとても嬉しそうにしていた。
 
 ウンバルトさんの運転で約30分、ようやく11時過ぎに海の近くの駐車場に到着。でもかなり高台。ここからは歩いて下の海岸まで降りて行かねばならず、車から荷物を降ろして下り坂を歩くこと10分、眼下にエメラルドグリーンの波が静かなビーチが見えてきた。もう多くの家族連れや友達グループなど色とりどりのビーチパラソルを広げて、海岸は花盛りって感じ。
     エメラルドグリーンの海   
私たちも早速テントを…と思ったら、針金のような枠をいくつか繋げて砂浜に差し込んでアーチを2つ作って、そこに白い大きな布をまたがせるように括り付けて、ほろのような影を作ってくれた・・・
 本心・・えっ、これだけ? 想像外? これで夕方まで過ごすわけ・・・キツイな~。とりあえず水着の上に羽織る白のビーチウエア持ってきておいてよかった。がっちり日焼け止めクリームも塗ってきたけど、汗で落ちたらまた塗らないと、この紫外線は半端じゃないよ。
     テント?の中で
 でもこのあたりの人はいい色に焦げてるし、水着の露出度も大きい。私はやっぱり焼けたくないのもあってスポーツ水着だったので、反対にしっかり覆う部分が多くて、逆に目立ってたかも・・。とにかく波は静かで、遠浅なんで安心して泳げるし、水温も冷たくない。ただ砂浜の砂は、裸足では立ってられないくらい熱くてビーチサンダルは欠かせない。 
              ビーチにて
   ビーチ風景  

                      
 この暑いビーチで夕方5時ごろまで泳いだり昼寝をしたり本を読んだり、ランチや果物など食べたりいろんなことをして過ごした。でもこの年になると海水浴は、やっぱり疲れるな・・・
 若者には楽しいひと時かもしれないが、私には森林浴の方がいいのかな。

 そうやって疲れた後の帰りの坂道が、これまた難所! エリザと私は上の駐車場までピストン運転してる小型バスを使って帰ることに。男たちは荷物を持って、急な坂道を上がって行ったが・・・
 ただ家族連れ、特に小さな子供さんづれのグループがみんな待っていたので、結局バス待ちに1時間近くかかった。でも、これが正解だと思った。
 
 上で合流して、やっと車に乗ってまた30分ゆられて宿に戻った。
 今夜の食事は、イタリアの本格的郷土料理を食べさてくれるレストランを予約してくれていた。
 シャワーを浴びてスッキリなってワインバーで飲みながら待ち、約束の時間(9時ごろ)に車で10分の所のレストランに向かった。
 そこでは庭にテーブルが並べられ、涼しい夜風を受けながらワインやパスタ料理を楽しんだ。盛り上がってきたころ、ウンバルトさんお得意のアコーディオン演奏が披露された。
 私は昼間の海水浴の疲れとほろよく酔ってきた気分で睡魔が襲ってきて、目が半分になって聞いていた。本当に至福の時間を過ごした。11時半ごろ宿に戻った。

 まあなんと、今晩も違うグループによるライブコンサートがもの凄いボリュームで催されている。あ~、また悩まされそう・・・でも今夜は睡魔の方が強くて気にせずに寝れたのはスゴイもんだ。

 【10日】
 
今日は、午前中は彼のアトリエで実際に版画の工程を体験させてもらい、息子たちは作品作りにトライした。色付け・プリント作業などの体験をさせてもらい、又複雑な版画の制作工程のレクチャーなどもしてもらった。
 日本の版画作りともちょっと違う技法のようだし、版木の選び方や細かいデザイン制作についても、見本の本を持って来て詳しく説明してくれたりして、約1時間ほどのお勉強をさせてもらった。
     作品作り  

 出来上がり!
 11時過ぎにはウンバルトさんの車に乗って、ラファエロの生誕地ウルビーノに行く。ルンネサンスの息吹が今も程よく残っている町らしく、国の重要文化財的な建物や美術品などが多く保存されているところだ。
 そこまでには約1時間位かかるのだが、途中で彼のお母さんの家に寄って彼女お得意の田舎料理を食べさせてもらった。
       お母さん
 最近少し体調を壊しているとのことだったがお会いしたらお元気そうで、その手料理も本当に愛情たっぷりの家庭料理だった。日本から持って行ったお土産のケープをとても気に入ってくれたみたいでよかった。
 私にも彼女のお手製の刺繍入りのテーブルクロスを用意して下さっていて、優しい彼女のおもてなしは忘れることができないものだった。庭のハーブやおうちで飼ってるアヒルの卵や肉を使った家庭料理、パスタ料理も最後に出てきたチーズパイもすべてわたしたちのために体調のすぐれない中で作って下さったと思うと感激だった。
       おもてなし 
 別れを惜しみつつお母さんとバイバイして、一路ウルビーノに向かった。
 3時ごろ到着。まるで中世の街にタイムマシンでやってきたみたいに、町全体が時代がかっている。
 昔このあたりを治めていた領主の家なども保存され美術館のようになっていて、中に入ると壁の彫刻、絵画、壁画、天井絵画など宗教画的なものがほとんどだが保存状態も良く多くの観光客の目を引いていた。
 そのあと広場でちょっとコーヒーブレイクして、隣の大きな教会を見て心が洗われるような気分になった。
 更に町の高台の方にまた石畳と石の階段を上り見晴らしのいい場所に出てきて、芝生の上に寝転んだりして疲れた足を休憩させた
           ウルビーノの街
 
帰り道は家と家との間の細い路地を通り、まるで映画のシーンに出てくるような街並みだった。駐車場まで出たところでトイレに行きたくなり探してたら地下にあった。入って出ようとしたら、ノブが壊れていて空廻りしてカギが開かない。!!!!
 キャ~閉じ込められた? ちょうど息子が側にいたので中から「ドアが開かないのー」叫んで助けを呼んでもらったらウンバルトさんが跳んできてくれて冷静に対処して事なきを得た。ちょっと、肝を冷やしたわ。

 6時過ぎと言っても昼間のような明るさと暑さの中、モンテフローリエに戻ったのは7時前。
 今夜はこの地での最後の夜なので、ここのワインバーのシェフご自慢のイタリアコース料理とワインで楽しもうとプラニングしてくれていた。
 9時ごろからバーの前の石畳の道にテーブルやイスが並び、すずしい風を受けながらイタリアワインを料理に合わせて5種類も開けてくれて堪能させてくれた。
 夫は昨日の彼のアコーディオン演奏のお返しにと、伴奏器を鳴らしながら詩吟を披露。他のお客さんたちからも絶賛の拍手をもらってご満悦だった。
 この村の人たちの自然な優しさ、陽気で屈託のないフレンドリーな雰囲気、素晴らしい思い出を作ることができウンバルトさんはじめ仲間の皆さんに感謝感謝でした。
 夫はその気持ちを、彼の自信作の版画の1枚購入を申し出て、遠慮する彼に気持ちを伝えて日本に持って帰ることができた。
 今夜はなぜかコンサートもなく、静かで落ち着いた夜を過ごすことができた。明日はいよいよこの地を出て、イタリアの中心地ローマへと向かう。

行ってきました、オリンピック!

  「昨日イタリアより帰国しました。長いようで短い10日間の旅行でした。やっと時差ボケから解放され、この間のいろんな出来事や印象に残ったこと、かけがえのない思い出をダイジェスト版で書き上げて行きたいと思います。本当は逐次向こうからネットで連絡して行こうと思ってたけどそんな余裕もなく、こうなったらすべて帰ってから・・という気持ちで旅に集中しました。」

 【8月3日】
 5時半のフライトで松山発→伊丹、バスで関空へ。
 飛行機の遅れもあって結局8時半ごろ日航ホテルに入る。次男は既に東京から着いておりチェックインしていた。
 明日のフライトのために4人家族全員がここで集合した。ゆっくりとやすんで明日からの旅に備えた。

 【4日】
 
ゆっくりとホテルでモーニングを食して、関空の売店で旅の便利グッズや電源切り替えプラグなど買い揃え、いよいよ荷物をを持って出国準備。デッキへと向かう。
 
 アリタリア航空で途中ローマ経由の12時間フライトだ。時差がロンドンまで7時間もあるし、日本13時に発って向こうには夜中11時半という強行軍だ。フライト中はなるべく起きておこうとして映画を3本観た。機内食は意外とまともで美味しかったが、さすがに到着2時間前の軽食はもう要らないって感じだった。

 到着後すぐにタクシーで息子(長男)の友人ティムさん宅へ向かう。
 彼の父がイギリス国教会の牧師で、その大きな教会の敷地内の離れが息子も下宿させてもらっているティムさんの住まいだ。
 私たちのロンドン滞在中、自分は彼女と旅に出て宿として開放してくれた。ヒースロー空港からここロンドンの中心街まで約40分ぐらいかかったので、着いて荷物を部屋に入れたらドッと疲れが出た。シャワーもそこそこにみんな爆睡だ。ただ気温はぐっと冷えて20℃を切っている感じだった。もう秋の装いか。

 ティムさんと私たちは3年前から来日の際にホームステイでお世話したり、2年前の訪英の際も交流した仲なので、今回もロンドン最後の夜には夕食を共にすることが予定されている。

 【5日】
 なんだか早朝から目が覚めてしまって、時差ボケでスッキリしない。気分転換に近くを散策がてら、朝食に息子お奨めの店を案内してもらった。 朝のすっかり秋模様のこの町は、みんな足早で忙しそう。でも今日は日曜日だから店の開くのは遅いとか・・。

 あ~ロンドンに来たんだ!! ついに、ついにオリンピックの夢の祭典、4年に一度のチャンスにかける選手たちの素晴らしいパフォーマンスを真近かで観ることができるのだ。こんな経験、もう2度とないだろう。一瞬、一瞬を大事に感じて帰ろう。
 マンデビル1 ウェンロック1
        マンデビル2 
 2年前と違ってオリンピックムードで、あちこちに紫に白で書かれたロゴが目に眩しい。朝食の店まで20分位歩いて、ようやくコンチネンタル様式のレストランにたどり着き、美味しくいただいた。

 ただ普段歩き慣れていない私は、彼ら(夫、息子二人)の足のスピードになかなか付いて行けず、1日目から我が足に不安を感じる始末だ。
 いったん家に戻り途中野菜などを売っている市場によって、いろいろ買物して滞在中の食事の足しにした。
       野菜市場にて
 今日は近くでマラソン女子のレースが観れるという情報を得て、その時間帯に出かけて行った。
 コースには観客用に両脇にガードボードが置かれ、コースマップはボランティア市民の皆さんから
配られた。あちこちに日本の国旗を振って今か今かと待っている一団も何組か見かけ、多くの日本人が応援に来ているのだなと実感した。
 スタート時点からこの近くを通るのは1時間後位ということだったので、時間調整をしながら向かって歩いているとあいにくの雨がザーッと降ってきた。慌てて近くの店で傘を買ってスタンバイ。

 ワーッという歓声が聞こえ、先導車が見えそのあと選手たちが一団となって走ってきた。日本の選手はいなかった。そのあと一人、また二人と小さな集団が通り過ぎ、その中には日本選手もいたみたいだ。
 みんな髪もゼッケンもびしょぬれで息遣いも荒く、過酷なレースを想像させた。でも彼らはこのために4年間・・いやもっと前から苦しい練習をして国内レースを勝ち抜きこのレースに出場してるのだから、苦しいなんて言ってられないだろうが・・・
  マラソン女子
 
見ている間、雨は止まず、ますます本降りの様相に。そのため気温は下がるうえにコースのあちこちに選手を悩ます急なカーブと濡れた石畳があるので、多分滑りやすくて後半はかなり足に来るだろうなと感じた。

 私自身も、この「歩き」でかなり足に来た。この近くにセントポール寺院があり、また私たちの滞在先もある。いったん家に戻り、濡れた洋服を着替え、夕方こちらで知り合った日本人のNさん[女性]と古い友人ロビン氏と食事の約束をしたので、地下鉄を乗り継ぎ日本食の店に行った。
 久しぶりの再会を喜び、又初対面の彼女ともすぐに意気投合して話が盛り上がり楽しいひと時を過ごせた。
 ・・・が、帰り着いた時には、足の疲れにウンザリだった。明日からも続くウォーキングに、ほとほと日頃の車に頼る生活に反省しつつ、もう諦めの境地。とことんくたばれ・・・

 【6日】
                 聖火
 今日は、一年前からゲットしてくれていたチケットで陸上競技の観戦をした。
   競技場
 オリンピックパーク内の開会式を行なった陸上競技場で、朝10時から12時50分までの間、いろいろな種目を見ることができた。
 男子円盤投げ予選、女子砲丸投げ予選、男子800メートル走予選、男子110メートルハードル走、最後に女子1500メートル走を時間をスライドさせながら投擲競技は同時並行にずっとやっていて、会場中央に大きなスクリーンが設置され各選手を大写しにして紹介し、いい記録が出ると大きな音響をバックに紹介して会場みんなで讃えるという感じで進んでいった。
 男子800M予選
 とにかく客席全体が「ワー」と声援を上げると、すごい歓声となる。規模の大きさに圧倒される。この迫力、臨場感は行って観ないとわかるものではないなと感じた。
 テレビ観戦だったら日本語で詳しく説明してくれて競技自体はよく分かるかもしれないが、この雰囲気は現場ならではのものがある。

 チケットは私と夫の分しかなかったので息子たちは中に入れず、お昼1時ごろ落ち合おうと約束した。・・が、いかんせ人は多いし、パークまでの行きのコースと帰りコースが違っていて一方通行だったので、約束した場所になかなか辿り着けず、結局携帯電話で連絡を取りながらやっと会えたのは2時近くになっていた。

 そこへ偶然、息子の友人マークさんと出会い、明日のサッカー「日本対メキシコ戦」のチケットが1枚手元にあるが行かないかとの誘いがあり、二男が無類のサッカー好きだったので彼に行かせることにした。以前からサッカーの聖地と言われるウエンブリー競技場に行って観たかった彼にとってすごい朗報だ。
 その後、せっかく来たのだから公式オリンピックグッズが販売されてるショッピングセンターに足を延ばした。ものすごい行列になっていたけど、息子に付き合ってもらって頑張って買い物頑張った。
 なぜか、その時だけは足の痛みは忘れていたみたい?

 夜は、長男が大学でお世話になってしかも半年間部屋を貸してもらっていたユダヤ人夫妻のフリードマンさんたちと食事をした。
 彼らの住まいまで地下鉄を乗り継ぎ、駅からさらに20分ほど坂道を歩きクタクタになってやっと到着。家の中はきれいにお花など飾って、リビングには簡単なチーズやハムの前菜的なプレートが準備されていた。軽く談笑して、庭の木になった青りんごを食べたり・・。(これはかなり酸っぱかった・・)
 午後7時半(でもまだ外は明るい)、予約した韓国料理の店へ。チジミやプレコギ、焼肉、ビビンバ、など久々においしく頂いた。その頃には禁酒宣言の夫も、自分で解禁みたい? ビールやワインを少々飲んでいた。楽しい時間は短いもので10時過ぎに、お別れした。
 
 日本から持って行ったお土産はかなり気に入ってくれたみたいで、良かった。
 その上、明日のウエイトリフティング観戦を息子と行ってくれる約束も成立したみたいだ。   
  韓国料理店にて
 そして私たちにも、サッカー「日本対メキシコ」のセミファイナルを観戦できるチケットが手に入るかも?・・・その連絡が明日入ることに。
 さあまた頑張ってだるい足を引きずりながら、家路を急いだ。

 そういえば、さっきの店にサムライブルーのユニフォームを着たなでしこジャパンの日本人サポーターが来ていて、ちょっと声をかけるとフランスに勝って祝杯を挙げてるとのこと。私たちに男子の応援を委ねると言われ、なんとしても明日行きたいなと燃えてきた。

 【7日】 
 今日はロンドン最後の滞在日。
 午前中は市内散策で、買い物や美術館見学などいろんな所を歩き回っていると、サッカー観戦チケットを受け取ることができるという連絡が入った(ラッキー!)。
 
 長男はウエイトリフティングを観に出かけ、私たちは夕方5時より始まる試合のため(多分ものすっごい人が集まるだろう会場に)、早目に行こうと地下鉄に乗ったが既に駅はそれらしき人々でかなりの混雑をしていた。そんな人だかりのため、最初降りる駅を間違えてしまった。
 ウエンブリーの会場にはメキシコ国旗を持って行く人たちを多く見かけ、わたしも「日の丸」の大きな国旗をもらっていたのでそれを持って応援ムードいっぱいで出かけたが、周りはほとんどメキシコって感じだった・・。
 会場へ行く道すがら公式グッズ販売もあったが、ちょっと買うだけでも大変な人だかり。
 お互いチケットを握りしめ、もしはぐれてもそのチケットの席で再会しようと言いながら、厳しいセイフティチェックを受けてやっとたどり着いた。
     ウエンブリー会場  
 勿論私たちの席と二男の席はかなり離れていたので、最終夕食の予約場所で落ち合おうと約束して入り口で別れた。
 ま! なんと大きなスタジアムでしょう・・・満席9万人収容できるという会場は、そう松前町の人口の3倍の人が来て観れるんだから、その規模はとても口で表現できるものではない。
 この日はほぼ満席の8万2千人という数字が大きなスクリーンに表示されていた。

 試合開始前の30分間は、緑のキレイな芝生整備とビブスを着た選手たちがボールパスなどをしており、会場は続々と人で埋まってくる。そして、サポーターたちの応援合戦が始まっている。
 会場のあちこちからウェーブが起こってくる。すごい歓声と共に。圧倒的にメキシコ国旗が多い会場で、私も負けずに国旗を掲げ「頑張れー」と声をあげた。夫はもともと恥ずかしがり屋なのか、シラーとしてじっと会場を見つめている。こんな時まで恰好つけなくていいのに。するとすぐ横にものすごい声でワーワー応援している家族が座っていて、しかも日本人。私もその迫力に引いちゃうくらい激しい応援だった。(こらー何やってんだ。もっと走れ。来るぞ来るぞ。気を付けろ。そうや、行け―、行けー、永井、いいよ、いいよ、大津行ったらんかえー、吉田守れよ、そりゃぶちかませ・・・)
  日本選手
 この調子で試合前からガンガン。勿論試合中はボルテージがさらに上がって、旦那の声はガラガラ声、嫁さんだろう人は悲鳴に近い声で、叫び続ける。いや^これには、私も少し引き気味かな・・ ><

 夫は時々迷惑そうな顔をして・・(静かに見れんのかと)・・睨みつけていた。でもその燃える気持ちは理解できるので、私的には複雑!
 とはいえ、前半日本がゴールを決めた時は思わず立ち上がって喜んだ。でも前半の終わりの方でメキシコが同点ゴールを決めた時には会場全体がものすごい歓声で、日本は完全アウェイで戦っているんだなと確信した。
     会場風景
 後半、じわじわとその実力を見せつけながら、日本選手の疲れが出てきた頃また1点勝ち越しゴールを決められた。焦る日本は攻め続けても上手にかわされ時間が無くなってきて、益々余裕の出てきたメキシコはそのあとロスタイムにも1点追加して、その強さを見せつけた。
 私たち二人は後半終了と同時に、ロスタイムの時には席を立ち人が多く出口に押し寄せる一足先に出た。同点にもできないような感じがしたのでネ・・・

 それでも会場の外も人が結構多くて、地下鉄の駅まで列をなしていた。臨時便まで出してピストン運転をしながら人を履かしていたが、それでも3回ぐらい列車を見過ごした。
 
 そんな中でも8時約束の日本料理店に行くのには、わりとスムーズに行けた。時間より早く着いて、向こうで待つというぐらい余裕があった。
 今夜はロンドン最後の夜になるが、ティムさんとその彼女のイザベラさんと私たち家族6人で、お寿司やうどんすき、日本酒などで歓待した。次男はマークさんと別れるまで結構長く会場にいて余韻を楽しんでいたみたいで、30分以上遅れてきた。

 本当に楽しいオリンピックが堪能できた3日間をお膳立てしてくれたティムさんと長男に感謝して、名残惜しいロンドンの夜は更けて行った。また日本での再会を誓って、別れた。
 明日からはロンドンを離れ、イタリアへと向かう。

旅立ちの前に

 「今日いよいよロンドンに旅立つ日となった。忙しい毎日だったけど、ここから10日間お盆前まで息子の友人宅のゲストルームでお世話になる予定だ。本当に市内ど真ん中で、どこに行くのも大変便利な場所にある。そのため市内を走る女子マラソンも近所がコース内なので観れるかも…とちょっと期待。チケットは6日の陸上競技なので、そこはしっかり競技場の雰囲気や熱気を楽しんで来ようと思っている。自分の人生でもめったに遭遇しない体験チャンスを大事にしたいと思う。両親も今のところ元気でいてくれてるし、多分チャンスはしっかり掴めということなんだろう。」

  午前中は昨日帰ってきたばかりの息子を連れて、もう一度両親のいる施設を訪問。
 ラブちゃんも行きつけの動物病院にお預け。10日間もお留守番でちょっと可愛そうなんだけど、ごめんしてね。
 荷物のチェックも昨日のうちに済ませているが、なんか抜けてないか心配になってくる。

  オリンピックも開幕から早1週間たち、この時点で日本は19個のメダルを取っていて、その頑張りには勇気をもらう。ただお家芸の柔道がちょっと絶対的王者とは言えない状態になってきていることは否めない。

 どちらにしても目が離せない種目が多くて、毎晩準備傍ら観戦とつい時間がかかって、しかも時差があるため夜中にピークがくるので寝不足が続いている。
 その興奮のるつぼの中に自分も行くということで更にワクワクしてしまう。でも日本にいた方がテレビというツールでしっかりと観ることができるだろう。だから肌で感じるすごい大会の興奮を共感することに集中してこようと思う。

 このブログもしばしお休み予定です。 ロンドンより途中発信できればトライしてみます。それでは、また・・
               行ってきます~  

準備、着々と

 「相変わらずの猛暑の毎日、ただ台風が近づいて来てるためか時々涼しい風が通り抜けほっとするような気分になる。午後からは少し曇り空になり一雨来るのかと期待したら、ほんのお湿り程度で焼け石に水とはまさにこんな感じ?」

  午前中は事務所でデスクワーク。来客など事務所の人の出入りも多い1日でした。
 とれたての畑スイカを事務所で切って食べたり、仕事をしながらワイワイと語れる楽しさもあって暑さを吹き飛ばして片づけるべき書類を書き終えて、ほっとした。

 息子から言われていた本も購入して、昼食に近くのラーメン屋さんで塩ラーメンを食べた。チャーシューがとっても美味しかった。

 事務所に戻ってからも、黙々くと仕事を片付けた。10日間の休暇に入るので、仕事の仕上げに時間をかける。

  夕食後、イギリスでお世話になる方へのお土産を別個に詰める作業をした。砥部焼の人形などがあるので割れないように慎重に梱包する。

 夜はどうしても気になるオリンピック情報。日本選手の活躍に元気や感動をもらいつつ、その本場に行く興奮が徐々に高まってきた。
  明日は息子が久しぶりに帰ってくる。東京での就活(面接)のため3日前から日本には帰ってきているのだが、我が家に来るのは去年から初めて。でも2日ほどして、一緒にロンドンに戻るわけだから忙しいスケジュールです。